「何か、変わった事はなかったか?」リクがレンの部屋へ自由に出入り出来るようになって数週間経ったある日、部屋を訪れたリクは開口一番に聞いた。
「別にないよ?」
「そうか」と言ったリクはどこか表情が固い。
しかしレンが「ねえ、聞いて?」と話を始めるといつもの様に優しい表情になった。
「昨日、カイが謝りに来たんだよ。『悪かった』って」カイとケンカになってから、レンからは一切連絡を取らなかった。
「そうか、よかったな」
我慢できなくなったんだな。と心の内で苦笑するリク。
「その後ね、2人で庭を散歩したんだ」と言うレンは頬を染めて何やらもじもじしている。
何かあったな、と思うリクだったがレンが言うのを待った。
その沈黙に促されてレンは話を続ける―・・・。
庭というよりはどこかの自然公園という方がしっくりくるその庭には小川が流れ、林があり、湖もあった。散歩道として煉瓦の敷き詰められた道を2人で歩く。
この日のカイはいつになく無口で物静かだった。
やがて道は湖へと辿り着く。そこには水を求めて何頭かの動物達が居た。
レンが近付くと頭を擦り寄せて挨拶をしてきた。その頭を優しく撫でてやる。その様子を見ていたカイが言った。
「ペット好きなんだな」
「この子達はペットじゃないよ。この庭を守ってくれてるの」
「へえ。呑気な面してんのにな」カイの言う通り、動物達は丸いフォルムにののほほんとした顔をしている。しかし、レンの言う通りこの動物達は庭に侵入した者を排除する為にわざわざ他所から借りてきているのだ。
「皆とっても強いんだよ」と言ったレンの言葉をカイは信じていない様子だったが、それ以上は何も言わなかった。
動物達が、どこかへ去ってしまうとレンは湖の周りに咲いている花を摘む。「この花、とってもいい香りするんだ」笑ってカイに差し出した。
次の瞬間、カイの胸の中に抱き締められる。
「カイ?」驚いてレンが見上げると腕を緩めたカイが体を屈めて視線を合わせた。
「俺、今までこんな風に思った事がねえから、よく分かんねえけどよ」
「?うん」いきなり始まった話に戸惑いつつもその真剣な眼差しを受けて最後まで聞くことにする。
「レンが欲しい」単刀直入にカイが告げる。
「ほ、欲しいって?」大きく目を見開いたレンが聞き返す。
「レンを俺のモノにしたい」真っ直ぐに見つめてくるカイの瞳に偽りはなかった。しかしレンは今一つ言う事を飲み込めない。
「えっと。体が欲しいって事?」カイが何人もの相手と関係を持っている事を知っていたレンは自分もそういう対象なのかと思った。
しかし、カイは眉間に皺を寄せ、レンの両肩を強く掴んだ。
「確かに、最初はそう思ってたんだよ。どんな味、すんのか気になって・・・」邪な自分の思いも隠さずに言うカイ。
「でも、今はそうじゃねえ」顔を近づける。
「レン、お前の全てが欲しい」直球も直球、どストレートである。
「好き、なの?」
「ああ」
「何で急に?」
「だから、分かんねえって言ってんだろ?」ブスッとむくれる。レンの肩から手を離すとその場にしゃがみ込んだ。
「最近、ジュンのヤツとやたらベッタリしてるだろ?それ見てるとムカつくし、この間は何かケイとばっか話してるし・・そしたらイラっときちまって」
そう話すカイは何だか幼く見えて、そういえば自分よりも年下だったと思い出す。
何かカワイイ。とクスリと笑ったレンはカイの横に座る。
「ヤキモチ、やいてたんだ」
「そうだよ。悪いかよ」
チラリとレンを睨むカイ。「言い合いになった後、全然連絡ねえし、俺だってするかよって思ってたけど気が付いたらレンの事ばっか頭浮かんで来るし、そしたら匂いとか肌触りとかおじ様とかいうのに聞かせてた甘ったるい声とか思い出して勃ってるしよ」レンが赤面するのも構わずカイは最早ぼやきとなった話を続ける。
「んで、しゃーねえから適当なヤツ呼び出して1発ヤろうとしたら、レンの顔がチラついて入れる時には萎えてるし。おかげで手コキだぜ?毎日イライラしてたらしまいにケイとケンカんなって、『いい加減気付け』って言いながら蹴り食らわされた」その後、ケイと話をして漸くこの気持ちがレンを好きだからなのだと気付いたのだ。
「今までは、セックス出来たらそんで良かった。泣いたって構わねえから強引にする時だってあったし。正直、初めはレンにだってそうするつもりだったんだよ」溜め息を吐いて頭を掻く。「けど、いつの間にか抱くなら無理矢理じゃなく普通に抱きてえって思ってた。レンにも俺の事を欲しいって思わせたい」レンを真っ直ぐ見据えて言った。
「笑うなら俺に笑って欲しいし、甘えるのも、泣くのも、怒るのだって、俺に向いててくれたらいいって思う」こんな率直で明け透けな告白をされたのは初めてだった。ドキドキしているのは驚きなのかときめきなのかまだ分からないが、嫌な気持ちにはならなかった。
「あの、ありがとう。でも」
「分かってるって、んな急に返事聞かせろなんて言わねえよ」何時ものニヤニヤとかニヤリではなく、レンが初めて見る爽やかな笑顔で言ったカイに、わしゃわしゃと頭を撫でられると一際大きく胸が高鳴った。
「そろそろ戻ろうぜ」レンの腕を取って立ち上がるとそのまま手を繋いで歩き始めた。
「そういや、最近、マオのヤツが何か言って来たりしてねえ?」
「マオ?ううん。全然」
「そっか。ならいいけどよ」前を向いているカイの表情は身長差のせいで見上げてもよく見えなかった。
暫しの沈黙の後、前を向いたままのカイが聞いた。
「・・・なあ、ジュンの事、好きなのか?」
再びカイを見上げると見下ろしてくる視線とかち合う。聞いてくるという事は、察しが付いているからだ。隠しても仕方がないと思ったレンは素直に頷いた。
「やっぱなー。甘いもんな、ジュンには」それほどショックは受けていない様子のカイ。
「そんなに分かる?」恥ずかしそうに頬を染めるレンに、ニヤリと笑って見せる。
「分かんねー方がおかしいってくらいには」
「そ、そう」より頬を赤く染めて俯くレンの頭をポンポンと叩くカイ。ふと顔を上げて不思議そうに言った。
「オレが、ジュンを好きでも構わないの?」
「今は、だろ?先は分かんねーじゃん」少し顔を寄せて「ジュンを好きになったみたいに、俺を好きになるかもしれないだろ?」と強引な前向き発言をした。
カイの真っ直ぐで力強い様は野生の獣の態を思わせる。
大型犬?狼?虎?等とカイに当てはまりそうな動物を想像してクスリと笑う。
「何だよ。ありえねーとか思ってんの?」少しムッとするカイを見て、また可愛いなと感じた。手が届いたらヨシヨシと撫でていたかもしれない。
「ううん。違うよ。先は分からないっていうのはホントだなって思って」
「・・ふーん」疑いの眼差しを向けられる。
そして、そのまま黙って歩き続け、林を抜ける1歩前まで来るとカイが立ち止まった。
「じゃ、俺帰るわ」と言うと素早く顔を近付けてきて、唇に触れるだけのキスをして離れた。
「カイっ」顔を赤く染めたレンの頭をポンポンと叩き、さっさと門の方へ歩き出す。1度振り返り、「じゃあな、何か変な事あったらすぐ言えよ」と言って今度こそ帰って行った。
話を聞き終えたリクは優しく微笑んで
「カイの奴も意外に可愛い所があるんだな」と言った。
「だよね」レンも微笑む。
「今の時点ではカイの事、どう思う?」
「すごく真っ直ぐなんだなあって思った。可愛いし、少なくとも嫌いじゃないよ」
「カイにもチャンスはある訳か」ジュンを好きになったのも最近だし、もしかするとカイに気持ちが移る可能性もあるな等とリクが思っているとジュンから電話がかかって来た。レンの顔が嬉しさに輝くのを見て2人の邪魔をしてはいけないと思ったリクは立ち上がり、『帰る』とレンに手で合図して部屋を出る。玄関には向かわず3人娘が待機する続き部屋の扉をノックした。
「どうしたのー?リクさん」くだけた調子でドアを開けたなのが言った。
「少し、耳に入れておきたい事があって」なのの顔つきが変わる。
「どーぞ」と中へ促した。レンの部屋よりは狭いがそれでも3人が過ごすには十分な広さだった。
リクが入って来るとりのとののが会釈をした。それを返したリクが口を開く。
「最近、E地区のマオが何か動いている。もしかしたらレンに何かするつもりかもしれない」チッと盛大に舌打ちするなの。
「あのガキ」
「もし、何かあったら俺に連絡してくれないか?何か役に立てるかもしれない」「りょーかい」
リク達がそんな話をしているとは知らず、隣の部屋でレンはジュンと話していた。
『レンちゃん、明日ヒマ?』電話の向こうのジュンが笑顔で聞いてきた。
「うん。大丈夫」こうして話しているだけでもドキドキしている。
『ヤッタ♪じゃあさ、遊園地行こうよ。パスが手に入ったんだ』
遊園地、ジュンと。「行きたい」
『じゃあ明日、迎えに行くよ』満面の笑みを見て胸がキュウッと締め付けられた。
「うん」明日じゃなくて今すぐにでも会いたいと思うレン。
その後は他愛のない話で盛り上がって、電話を切った。
翌日、迎えに来たジュンと車で遊園地へ出発した。
「遊園地なんて行くの久しぶり」車の中で楽しそうに笑うレンを3人娘は神妙な面持ちで見守っている。
今はあまり出歩いて欲しくはないのだが、何せ恋するジュンが相手となればどう止めても聞き入れてはもらえない。
絶対に1人にはならないという条件付きで遊園地行きを認めたのだ。
とはいえ、星や花を周りに散らしている様なレンの笑顔を見ていると自分達も嬉しくなってくる。
レンは3人には隠しているつもりだが、実は過去に付き合った相手に振られてしまった事も経緯も知っている。
今度こそ、レンが幸せな恋愛が出来るよう心から願わずにはいられない。
遊園地の駐車場に着いた時からレンはハイテンションで、ジュンの手を引いて早く行こうと誘った。ジュンはそんなレンが可愛くて仕方がないといった表情で手を引かれるままに着いて行く。
3人は周囲を警戒しながらその後に続いた。今日は何時ものメイド服ではなく目立たないシンプルな格好だった。
「今日は全部回るまで帰らないから」と宣言したレンは言葉通り、次々にアトラクションを回って行った。ジュンは時折レンの姿を写真や動画におさめながら一緒に楽しんだ。
「今日は一段とキレイだね」宙を飛ぶ動物の背に2人で乗っている時に、後ろからジュンが囁く。
「ありがと」頬を赤く染めるレン。
「このまま、拐って行きたいくらい」ふわりと抱き締められて、どうしようもない程胸が高鳴った。
「・・ジュン」
ジュンは思わせ振りな発言をするものの、カイの様に告白はしていない。多分、レンの気持ちにも気付いている筈なのだが現状維持が続いている。先へ進む事に躊躇いのあるレンは、ドキドキして苦しいものの今はその方が助かる。
その甘い雰囲気だけはまるで恋人同士の様な2人を乗せた動物はやがて地上に降り立った。
「次はどこ行く?」マップを見ながらジュンが聞く。「えっと、ここ」それを覗き込んだレンが行きたい所を指差す。
「あれ?ここ、行かないの?近いのに」
「いい、こっち」
「あ。もしかしてレンちゃん、苦手?」レンが飛ばしたのはホーンテッドハウス、所謂お化け屋敷だった。
「違うよ。また後で来るもん。今はこっちに行きたいの」唇を尖らせ、見え見えの言い訳をするレンを見て可愛いなあ、と目尻を下げるジュン。
「知らなかったなあ。レンちゃん、お化け怖いんだ」
「怖くないってば」
「じゃあ、今行こうよ。後回しにしたら戻って来られないかもしれないよ?」
「戻って来るよ」
「でもまだこんなにあるよ?」まだ行っていないアトラクションの一覧を見せる。
「全部回るんだよね?今済ませておいた方がいいんじゃないかなあ」
「・・・」じっとりとジュンを睨んだレンは「わかった」と言った。
ジュンが満足そうに微笑み優しく手を握ってお化け屋敷へと向かった。
「へえー。ミイラ祭りだって」期間限定でお化け屋敷を回っている最中にどこかからミイラが襲ってくるという催しが開催されていた。
まだ中に入ってもいないのにレンはピタリとジュンに体を寄せた。ジュンが締まりのない顔になる。どうやらこれが狙いだったようだ。
後ろからそれを見ていた3人娘は呆れ顔をしている。ジュンの反対側になのが立ち、真ん中にレンを挟む形で中へ入っていった。
廃墟を模して造られた中は暗く、視界が悪い。不気味な効果音や驚かせる為の仕掛けにレンが悲鳴を上げてジュンにしがみつく。ジュンは「大丈夫」と優しく声を掛けてやりながら先へ進む。やがて行き止まりになり、下へと下りる階段があるだけだった。
「・・・」ジュンとなのが視線を合わせる。その階段はお化け屋敷のセットといはいえない、非常灯の点いた普通の階段だった。
「戻りますか?」後ろに居るりのが2人に聞くが、どうやら一足遅かったようで
「やられたみたいですー」とののが言った。先程通って来た通路が、壁で塞がれていた。しかも本当に”壁”で叩いても蹴ってもびくともしなかった。
「何?どういう事?」訳が解らないレンの肩をジュンが抱く。銃を構えたりのが先頭に立ち、次にレンとジュン、後ろになのとののが続いて階段を下りて行った。どれくらい下りて来たのかわからない程の数の段を下りてようやく出口らしきドアの前に来た。
りのが構え、なのがドアノブに手を掛けるが、すぐに手を放した。なのの目配せを受けてののがレンの鼻と口を布で覆う。
「くそっやられた・・」自分の口を手で覆ったなのが膝をつく。レンも視界がぼやけ、意識が遠退く。そして皆、次々にその場に倒れた。
レンが目を醒ますと見知らぬ部屋のベッドの上に寝かされていた。
だだっ広い部屋には一通りの家具の他に幾つかの球体が浮いていた。
起き上がり、まだぼんやりとする頭をはっきりさせようと緩く頭を振る。
そこへドアが開いて誰かが入って来た。頭を上げると見知った顔がそこにあった。
「マオ」呼ばれた男、マオはわざとらしく一礼した。
「ようこそ、お姫様」冷ややかな笑みを浮かべてレンを見た。
「どういうつもり?ジュンは?なの達は?」真っ直ぐに視線を向けて問う。
「そう焦るなよ。ちゃんと話してやるから」目を細める。「ちょっとしたゲームのゲストに迎えたんだよ。姫」レンは眉間に皺を寄せる。
「その姫って何、やめてくれる?」
「これから始めるゲームでは、お前は『姫』だからな」クッと片方の口端を上げる。
「ゲーム?」訝しがるレン。マオが指を鳴らすと浮いていた球体の1つが光り、中に画面が現れる。それをレンの方へ放った。ふわふわ近寄ってきたそれには
『バトルロワイヤル100』というタイトルに始まり、仰々しい煽り文句やら謳い文句やらで説明文が書かれていた。
要は宇宙の至る所から集められた強者達による頂上決定戦らしい。
参加方法は2種類、闘うか観覧するかである。
観覧者は闘いに参加する者の中から勝つと思われる者を選び、賭け金を支払う。選んだ者が優勝すれば賭け金は倍になって還ってくる。
闘う者は他の参加者を全員倒せば優勝、賞金と賞品が授与される。
下の方に書かれた文を読んだレンは目を見開いた。
『記念すべき第100回目の今大会の「姫」は我らに平穏と潤いを与えるため宇宙一平和と謳われるAIから来られた。優勝者は姫からの褒美が贈られる!参加者よ、姫の手を取る栄誉を掴め!』
レンの手がピクリと震える。あからさまに書いていないというだけで、つまりは「姫」が褒美を与えるのではなく「姫」自体が褒美、優勝賞品なのだ。
近寄ってきたマオがレンの顎を掴んで上向かせる。
「知ってるか?無性別者なんて超レアだって涎垂らして欲しがるド変態共がたくさん居るんだぜ?」
「姫」の詳しいプロフィールは参加者にしか知らされず、その参加者の大半は観覧者から雇われて出場している。この大会は悪趣味な金持ちに金を使わせる為のものだという事だ。
「おかげで今年は参加者倍増、あっと言う間に定員オーバーで枠増やしたくらいだ。大変だったんだぜ?あいつら、エントリーさせんの」
「あいつらって・・・」
「ジュンに双子にリク」平然と答えるマオ。
パシッと顎の手を叩いたレンがマオを睨み付けた。
「何でっ!関係ないよね、皆は。オレが気に入らないんだったら」マオが最後まで言わせずに口を挟む。「お前って自分より、仲いいいいヤツが傷付けられる方が堪えるだろ?」
「だからって」握り締めた拳が怒りで震えている。それを呆れ顔で見下ろすマオが告げる。
「ていうかあいつらより自分の心配しろよ。あいつらが負けるか辞退したらお前、どっかの変態のペットになるんだぜ?」
「ならない、今すぐ帰るから」と立ち上がるが、肩を押されて後ろ向きにベッドに倒れてしまう。
「本当に、お目出度いヤツだな」嘲りの眼差しで見下ろすマオが別の球体を点けてレンの前に差し出す。
そこには、檻の中に繋がれた3人娘の姿があった。「ひどい」食い入る様に画面の3人を見つめるレン。
「今帰ったら、メイドさん達とは一生会えないけど、まあ帰りたかったらどうぞ?お姫様」
「3人に何もしないっていう保証は?」怒りに燃える瞳でマオを見据えるレンを鼻で笑う。
「何か勘違いしてないか?人質取られてる時点で保証がどうとか言える立場かよ」しばらくマオを睨み付けていたレンだったが、現時点で圧倒的に不利な立場にあるのは自分の方だと理解する。体を起こして顔を上げた時にはもう平静さを取り戻していた。
「そう、わかった。しばらくはこの下らないゲームに付き合ってあげる」その切り替えと決断の早さにマオが今日初めて苛ついた表情を見せた。
もっと取り乱したり、泣き出したりするのかと思っていたのにすんなりと現状を受け入れる。しかも諦めや自棄になっている様子もない。
「保証云々はもういいんだな?」
「いいよ。無いものに縋るつもりはないし」平然と言いながら脚を組む。
「所詮使用人って事か」マオの言葉を受けてレンが薄い笑みを浮かべる。
「ねえ、あの子達が何の為にオレの側にいるのかわかってる?」
「世話とボディーガードだろ?」
「そうだよ。オレが無事ならあの子達はそれでいいの。例え自分達が犠牲になってもね」何かの演技だとしても、笑みを浮かべてそんな言葉を吐くレンを見てマオは背筋がゾクリとした。「薄情なヤツだな」吐き捨てる様にマオが言ったがレンは気にならなかった。
理解は求めていない。好きに言えばいい。実際の所、レンとあの3人はそういう関係なのだ。
彼女達はレンを守れるなら命も惜しくないと思っている。窮地に陥った場合、レンが自分よりも彼女達自身の安全を願い、命令を下したとしても彼女達はその命令を無視するだろう。
それにレンは別に彼女達を見捨てるつもりでああ言った訳ではない。無事でいてほしい、だが、命を賭す覚悟で自分を守ろうとしてくれているその覚悟を認め、プロとしての腕を信頼しているというだけだ。
普段は少々無茶をする事もあるが、レンは彼女達が守ってくれるならそれに身を任せる。彼女達が守れないのなら、その時は仕方ないと思っている。
「どうだっていいでしょ?付き合ってあげるって言ってるんだから」
「・・そうだな」と言ったマオがレンの手を取った。
「来いよ」ぐいっと引っ張って無理矢理立たせると廊下へ出た。長い廊下の片側は一面が大きな窓でそこから外を見る事が出来る。
高い建物の上層階らしく、足元に街並みが広がっているのが見えた。しかしそれはレンが見たことのない色彩と形の建物で構成されている。どこか別の星に連れて来られたのだ。
「ああ、言い忘れてたな」わざとらしく今思い出した風を装って言った。
「宇宙船、持ってるなら帰ってもいいぜ?」
「・・・」結局、レンに選択肢は用意されていないという事だ。そしてマオに引っ張られながら廊下を歩いて入った別の部屋にはカメラなどの撮影用の機材が用意されていた。
「撮影の時間だお姫様」マオに着替えろと服を押し付けられレンは部屋の隅にある衝立の裏で服を着替え始めるが、見たこともない服だった上に普段は3人娘がほとんどしてくれるのでかなりもたついていた。しびれを切らしたのかマオが衝立を退けた。まだ着替え終わっていないレンを見て舌打ちして手早く着せてしまうと、側にあった椅子に座らせ装飾品を着けていく。
綺麗に着飾らせて、どこかのお姫様のようになったレンをカメラの前に立たせる。いつの間にか撮影するスタッフが来ていた。レンを見て感嘆の声が上がる。「口から下しか撮らねえから表情は作らなくていいぜ」とマオに言われたが元より笑って見せるつもりなどない。
カメラマンはえらく乗り気で何枚も写真を撮り、次はビデオカメラで動画を撮影し始めた。
動画でも動くつもりのないレンを見ていたマオが近付いて来て「姫、皆がやる気出るようにしてくれないと」と言ってレンの後ろに立った。マオの手がレンの体を這う。
「ちょっと」その手を払いのけようとしたが、片手で両の手を後ろ手に掴まれてしまう。スタッフの1人が側へ来てその手を紐で縛ってしまう。
両手が使えるようになったマオはカメラに見せつける様にレンの体を撫でたり、服の裾をたくし上げ、白い脚を露出させたりした。やがて、撮影が終ると手を縛られたまま元の部屋に戻され、外から鍵を掛けられた。
レンがそんな扱いを受けていた頃、レンと一緒に連れて来られたジュンの元へ、マオによって”招待”されたリク、ケイ、カイが来た。場所はレンが居る建物の中の一室だった。
「お前がついててこの様かよ。遊園地なんかに釣られやがって」ジュンの顔を見るなりカイが言った。遊園地のパスが罠だったのだ。一番悔いているのはジュンである。何も言わずに苦い顔をしていた。
「今更そんな事言ってても始まらないだろう」リクがカイを諌める。
「つーかマオのヤツ、手ぇ込んだ事するよな」呆れた口調でケイが言う。「アイツのじいさん関係だよな、こんな事出来るのって」
「だろうな」リクが溜め息を吐く。マオの祖父は他所の星に住んでいて、そこのヤクザだかマフィアだかの会長なのだ。
「そんなに、レンちゃんの事、嫌いなのかな」ボソリとジュンが言う。いつもの笑顔はなく、チリチリと殺気を散らしている。
「アイツがどう思ってようが関係ねえ。見付けたらぶん殴る」牙を剥いた獣の様なギラついた眼をしたカイが拳を鳴らした。
「お前らは、出るつもりか?」ジュンとカイを見てリクが聞く。
「出る。出て優勝してやる」と言うジュンの言葉にカイが頷いた。
「そういう筋の連中相手に裏から助けんのはちと厳しいんじゃねーの?」と言ったケイを少し意外そうに見る。
「お前も出るのか?」カイと違ってレンにそこまで思い入れがあるようには見えない。
「助っ人だよ。人数多い方が勝ち上がる確率高いだろ?久々に思い切り暴れられるってのもあるけどな」成程と頷くリク。
「そうだな、この4人の内の誰かが優勝すればいいって事になるからな」と皆が参加する意向になった所で壁に掛けられたモニターが突然映像を映し出した。
明日、開かれるこの大会のCMだ。
大会の主旨、ルールの説明、歴代の優勝者の紹介などが流れる。と、画面一杯に速報という文字が浮かび、『姫の最新映像入手!』とテロップが流れた。
次にスライドショーの様に“姫”の写真が画面に表れた。顔から下しか映されていないが彼等はそれがレンだと直感で理解した。そして誰かの手がレンの体を這う映像が映し出された瞬間、カイが「ブっ殺す!」と側にあった椅子を蹴り飛ばした。
「さすがに、ちょっとなあ」ケイも不快感を表す。
「ガキなんだ、アイツは。少し仕置きが必要だな」冷えた眼差しを画面に向けたリクが言う。
「早い者勝ち、でいいよね?」ジュンが皆を見回すと異存はないようだった。
その後各々に用意されている部屋へと立ち去って行った。
手を縛られたままのレンは何をするにも不便だと思ったが、かといって今はする事もないのでベッドに横たわっていた。
「皆、大丈夫かな。ジュンはどうしてるのかな」その名を呼ぶと溜め息が出た。本当なら遊園地で楽しく過ごせていた筈だったのに、今はこんな所で囚われの身となっている。
「帰ったら、もう1回行けるかな。誘ってみるとか?」そんな独り言を言って頬を染める。前向きというべきか、呑気というべきか、それは最後には帰るのだと思っているからだろう。
ジュンと過ごす時間を想像していると再びマオが入って来た。
「まだ何か用?」冷めた視線を向ける。
無言で近付き、ベッド脇に腰掛けたマオは縛られたレンの手を解いてやる。
縛られていた箇所が少し赤くなっていた。手首を掴み、そこを指でなぞりながら「お前、3人の男にフラれたんだってな」と言った。一瞬、レンの瞳が揺らいだがすぐに元に戻った。
「体の相性、悪かったんだって?」口端を上げるマオ。「ああ、違うか出来もしなかったんだってな」クスクスと笑う。掴んだ手が微かに震えるのを感じて笑みを深める。
レンは何も言わずに唇を噛んでいた。
「かわいそうに」感情のこもらない言葉の後に「ジュンが知ったらどう思うんだろうな?」と楽しそうに言われ、レンは思わずマオの体を強く突き飛ばしていた。
「出てって」俯いていて表情は見えないが、声を震わせてレンが言った。
ようやく、だとマオは思った。囚われ、先の事も分からない状況でも取り乱しもしなかったレンが感情を露にした。
弱いくせに、強がりやがって。最初から素直にそうしてれば良かっんだよ。
どんな顔をしているのか見たくて顎を掴み上向かせる。
光を反射させて煌めく涙を浮かべた大きな瞳と目が合うと、最初はしてやったりと思ったのだが次にはズキンと胸が痛んでいた。理由が分からないままただレンを見つめる。
「早く、出てってよ」眉根を寄せたレンが苦しそうに言うのが耳に入ったが、マオはその瞳から目が離せなかった。
瞬きをすると目尻から大きな粒が溢れて頬を伝う。自然とその涙を指で拭っていた。
顎から手が離れたレンは思い切りマオを突き飛ばし、ベッドの中に潜り込んでしまった。
それでもマオがその場から離れられないでいると、ドアをノックする音がして男が入って来た。
「坊っちゃん、電話だぜ」マオの祖父の部下であろうその男は、坊っちゃんと言う割にはタメ口だった。漸くレンの側から離れ、男の立つドアへと向かう。男はチラリとベッドの方へ視線を向けて
「お取り込み中って訳でもなかったか。思い切り拒否られたって所か?」と笑う。バタン、とドアを閉めたマオは男を睨む。
「手なんか出すかよ」
「ふーん?」ニヤリと笑う男。
「痛い目見させる為に連れて来ただけだ」とマオは言うが、男はそうは思っていないようだった。しかし深くは追求せず「ま、そういう事にしとくか」と言ってマオに携帯電話を渡して立ち去った。
一方、ベッドの中に潜り込んだレンは嗚咽を洩らしながら泣いていた。
悲しいというよりは悔しさの方が上回っていた。
傷付けるのが目的で言われた言葉なんかで泣きたくはなかったのに、溢れてくる涙を押さえられなかった。ふとリクに抱き締められた時を思い出して余計に辛くなった。
今は抱き締めてもらえないのだから。
その日はマオが姿を現す事はなく、別の者が食事を運んで来たりしただけだった。しかし何も食べる気にはならず、そのまま眠ってしまった。
そして夜が明け、いよいよゲームが開始される日の朝になった。
運ばれて来た朝食を食卓で食べているとマオが入って来た。
レンは視線も向けずに食事を続ける。
マオは入り口に立ったままレンの方をしばらく見つめていたがゆっくり歩いて来て向かいの椅子に座った。レンからは口を開くつもりはなかったので、黙って食べる。マオも何も言わずにただレンの顔を見ていた。食器の立てる音だけが静かな部屋に響く。
やがてレンが食べ終えるとボソリと聞いた。
「風呂入ってないんだろ?」確かにそうだが、そんな事はどうでもいいと思ったレンは返事をせずに横を向いた。
「着替える前に入って来いよ」とレンの手を掴もうとしたが、スッと手を引かれたのを見てそれ以上手を伸ばせなかった。
「そこの奥、浴室だから」とだけ言うと着替えを置いて部屋を出て行った。
何やら様子が違う気もしたが、昨日の事で元々良くなかったマオへの印象は最悪になっていたので、今更彼の態度が変わろうがどうでもいいとレンは思った。
しかしやはり体を洗っていないのは気持ちが悪かったので着替えを掴むと立ち上がった。
脱衣室で服を脱いで浴室へ入ったが、した事がないので湯の張り方など分からない。仕方がないのでシャワーを浴びようとしたが湯の出し方が分からず、スイッチや栓を適当にいじっていると勢い良く冷水が頭の上から降ってきた。
「ひゃっ冷たっ」慌てて止めようとするが中々止まらない。すると浴室のドアが開いてマオが入って来た。レンを冷水の雨の外へ出すとシャワーを止めた。
また何か嫌みを言われるのかと思っていたが、何も言わず再びシャワーを出し、湯になったのを確認してからレンをその下へ立たせた。浴槽にも湯を張るようにセットしてから出て行く。レンはある程度湯が溜まった所で浴槽に入り、体を温めた。
浴室を出て体を拭いているとマオがまた入って来たが肌を隠そうともせずに拭き続ける。
日頃、身の回りの世話を他人にさせているレンにとっては裸体を見られてもさほど恥ずかしいとは思わないし、印象最悪となったマオが相手なら尚更どうでも良かった。そんなレンに何か言おうとして口を開きかけたマオだったが、すぐに閉じてレンの側まで歩み寄る。
「髪、乾かしてやるよ」バスローブを肩に掛けてやり、洗面台の鏡の前に座らせる。乾いたタオルで水気を取り、ドライヤーで乾かし始めた。
鏡の中のマオをチラリと見る。険が取れてしまったのか、落ち着いた様な雰囲気だった。
髪を乾かし終えた後はついでとばかりに服も着せてしまうと口元まで覆うベールを被せた。
「時間だ」と視界が悪いだろうと思ったのか、マオが手を差し出す。確かに悪いが全く見えない訳ではない。
「いい、平気」手を取る事なくスッと立ち上がった。 しかし、廊下に出た所で足がもつれてしまいよろける。すかさずその体を支えたマオはそのままレンを抱き上げた。
「下ろして」と抵抗するレンに構わずスタスタと歩いて警備員が両脇に立つドアの前まで来た。右側の男がドアを開く。
中は大会の舞台であろう闘技場が一望出来る特別な観覧席で、椅子が一脚用意されていた。
下の闘技場では既に開会式が始まっている様で、司会の男がマイクで何やら喋っている。
マオがレンを椅子に座らせると目敏くそれを見付けた観客達が騒ぎ始め、次第に闘技場全体がどよめいた。巨大なスクリーンにレンの姿が映されると大歓声へと変わる。
他の参加者と共に闘技場の上でそれを見ていた4人はレンを抱いて現れたマオの方に注視していた。
「早く始めろっての」ボソリとカイが洩らす。昨日から、溢れるように生まれる暴力的な衝動を抑えるのに必死だった。マオに一撃食らわしてやりたいのは勿論だが、今はこの衝動のままに暴れたくて仕方がなかった。今のカイは獲物に飛び掛かる瞬間を待ち構えている獣そのものだった。それは他の3人にも言える事で、普段は冷静で落ち着いた雰囲気のリクでさえも獰猛な色を隠し切れないでいた。
「ここでずっと見てるか?顔出したから後は最後まで出番はない。部屋のモニターでも様子は見られるから、戻っててもいいぜ?」4人の姿を探そうと少し身を乗り出していたレンにマオが言った。
肉眼だと遠すぎて顔の判別が付かない。モニターで見る方がマシだと思ったレンは立ち上がった。するとマオがまたレンを抱き上げて観覧席から出る。
レンは無駄な時間だと思ったのか今度は抵抗せず、部屋まで運ばれた。
フワリとレンをベッドに下ろしたマオは球体のモニターをいくつか点けてやり、操作方法を教えると部屋を出る。
閉じたドアに凭れかかったマオは大きな溜め息を吐いた。昨日、レンの泣き顔を見てから気持ちが落ち着かない。
いや、あの会で対峙した時から気持ちは乱されていた。何故だか無性に腹立たしくさせられて、泣かしでもすればスッキリすると思った。
けれども意外に気丈で簡単には泣きそうにもない、だからここへ連れて来た。そうすればすぐに怖がって泣き出すか、助けてくれと懇願し出すのではないかと思っていた。が、それでも平然として見せるレンに言ったのが元彼氏との事だった。
泣き顔を見てスッキリしたのは一瞬で、後はずっと胸が痛む。そして今朝、自分の方を見ようともしないレンの態度にその痛みは更に増した。まだ面と向かって悪態でもついてくれた方がマシだと思った。
もう一度溜め息を吐いたマオの前に携帯電話が差し出される。
「会長から、早く出た方がいいぜ」昨日の部下の男だ。それを受け取ったマオの耳に祖父の迫力のある低音が響く。
『マオ、どういうつもりだ。勝手に賞品を差し替えおって』
「悪い、ちょっとした手違いだ。じい様」
『ただの手違いでシヅキ当主の寵姫を連れて来ただと?』少し誤解があるようだが、イチヤのあの依怙贔屓ぶりではそういう噂が立っても仕方がないかもしれない。
『バカ者が。あの当主は宇宙の様々な星や国との繋がりを持っている。その中には儂らみたいなものよりも厄介な組織を抱えている所もある。そんなものに乗り込まれでもしたら大会が潰れるだけではなく、それを仕切った儂らの信用までも失う事になるのだぞ。お前のつまらん私情などで事を動かすな』
「分かってるって、ちゃんと元に返すって」
『とにかく、すぐにシヅキの姫を返せ』と言うと一方的に通話は終了した。
「で、お帰り願うのか?こっちのお姫様には」マオの凭れたドアを指差す男に携帯を返す。
レンを連れて来たのは賞品にする為ではなかった。普通の事では動じそうにもないので窮地ともいえる状況を用意したのだ。
「いや、もうしばらくは観戦でもさせとけ。帰る気になったら自分で帰るだろ」「え。いいのかよ」
「いい。多分ヤラセだって分かったら面倒な事になりそうだから。メイド達もギリギリまであそこから出すなよ」
短い間にレンの大体の性格を把握したのか、勘が働いたのか、マオはレンを放っておく事にした。
そして今回、もう1つの目的だったジュン達4人の闘いを観る為にモニター室へと向かう。
その闘技場では正に総員入り乱れての戦闘の真っ最中だった。
戦闘のルールは簡単で、場外か意識を失うかで失格、武器等の使用は自由となっている。
4人は暗黙の了解で、人数がある程度減るまでは共闘している。
「つーかっ、場外か失神かって意外にルール緩くね?」何人かと闘って少し気が晴れて落ち着いたのか、目の前の男に蹴りを食らわしながらケイが言う。
「確かに、もっとエグいトコまでアリかと思った」倒した相手から奪った鎖で別の男の首を締め上げるジュン。
「観客も下の席は何か普通だしな。ツアー客みたいなのもいるし」ざっと周りを見回したリクはそう言うと横で別の相手と闘っていた男の襟首を掴んで引き倒した。空かさず喉元に脚を乗せて少し体重を掛けると男は苦しそうに咳き込む。
「おい、初参加か?」顔を覗き込みながら問うリクに弛く首を振る男。ケイとジュンに目配せして話を聞き出す間邪魔が入らないように背後を守らせると男から話を聞き出す。
男の話では、非合法な裏社会の催し物だと思われていたこの大会だが、実際はそうでもなく、賞品が人である事や、巨額の掛け金が動いてはいるが非合法になるスレスレくらいの代物だという事だった。
「今時、流行んねえのさ。死人が出るまでとか、どっかの姫拐って来て賞品にするとかな。宇宙全体での警察組織の取り締まりも厳しくなってる上にネットですぐに情報流されるしな」
しかし背徳感溢れるスリルを求める輩は多い、それを安全に満たしてやるのがこの大会なのだ。
「じゃあ”姫”っていうのは」
「スカウトとか志願らしい。それに賞品ったって一生とかじゃねえ、何ヶ月とかのもんらしいぜ。それで生涯食べるに苦労しない位の金が貰えるとなりゃあ、多少の事は我慢する奴もいるさ」
「そうか、ありがとう」と男を立たせるとガッと首に腕をかけ、そのまま場外へ追い出した後くるりと2人の方へ向き、「どうする?」と聞いた。
レンは本当の賞品ではない、優勝しても仕方がないし、今すぐに迎えに行っても何ら差し支えはないという事だ。
「してやられたってコトだな」はあっと息を吐くケイ。マオはレンをどうにかしたかったのと同時に、自分達を本気の闘いの場に立たせたかったのだと理解した。
「何か怒るのもアホらしい」しかしこのまま終らせるのでは気が済まない、と言葉にはしなかったがジュンの瞳が告げた。
「カイは当分止まんねーし、俺はもう少し付き合う」チラリと闘いに没頭しているカイに視線を向けたケイが言った。
「そうだな、無事だというならもう少し様子を見るか」とリクも言い、結局皆そのまま闘い続ける。
その様子をモニター室で眺めていたマオは満足気に笑みを浮かべる。
それぞれの中にある闘争本能を思い出させてやればぬるい恋愛や友情等は忘れてしまうと思っていた。
そして結果的に彼らはレンを助けるよりも闘いに興じる方を選んだのだ。
「後は頼んだぜ」と祖父の部下に言うと、部屋を出て闘技場へと下りて行った。
次から次へと場外へ落とされて来る者達を避けて闘いの場へ登るマオ。
野生の勘なのか、いち早くそれを見付けたカイが突進し顔面を殴り付けた。
言葉もなく次々に浴びせられる攻撃の隙を縫って反撃していると、誰かに思い切り背中を蹴られる。前のめりになったその頭をカイに押さえられ、膝に顎を叩き付けられる。
「っ・・」思わず膝をつく。
「早いモン勝ちじゃねーのかよ」威嚇する獣のような眼でジュンを見据える。
「さあ、言ってたっけ?」とぼけた風に言ったジュンは更にもう一発、マオの背中に蹴りを入れた。
「てめえ」カイがジュンに向かって拳を繰り出そうとした瞬間、立ち上がったマオが2人の襟首を掴んで引き寄せ、互いに頭突きさせる。
その後は3人が同時に打ち合い始め、終いにリクとケイも加わっての乱闘になった。
「・・・」ジュンとケイとリクが何やら話している辺りからずっとモニターで様子を見ていたレンは「ばっかみたい」と呟くと立ち上がって部屋を出た。 するとドアを開けたすぐ横に男が立っていてレンの携帯電話を差し出した。
「あの子達は?」端末を操作しながら男に聞くと「もうすぐここに」と答えが返って来た。
「そ」と言うと用はないとばかりに男に背を向け電話をかけ始めた。
ワンコールも鳴り終わらない内に相手が出る。ここからは音声のみしか繋がらないが、弾んだ声にその表情まで容易に想像出来た。
『どうした?レン』
「おじ様、約束してた旅行、今からじゃダメ?」とびきりの甘えた声で話し始める。
『今から?ブレスレットはいいのか?』イチヤは急だとも無理だとも言わずに聞いてくる。
「いいの。”友達”と旅行に来てるんだけど、皆なんか他の事に夢中でレン、つまらない」
『そうか、じゃあ迎えに行こう』
「うん。なるべく早く来てね?」
『ああ、長くは待たせないよ』
その会話を横で聞いていた男は寵姫ってのもあながち外れじゃないな、と苦笑する。
通話を終えたレンはいつの間にか側に来ていた3人娘に微笑む。
「レン様~」ののが抱きつくとりのとなのも後に続いた。
「補給、補給しないと~」涙目のなのが首筋に顔を埋め、レンの匂いを嗅ぐ。
「ご無事でよかった」りのは肩を震わせている。ヨシヨシと3人の頭を撫でてやり、なのに携帯電話を手渡す。
「後のコト、よろしくね?ある程度なら好きにしていいから」それを聞いた3人の目が鋭く光る。
「りょーかい。お任せあれ」なのが不敵な笑みを浮かべる。
そうして1時間経った頃に一隻の宇宙船が闘技場の上に現れ、隣接するビルの屋上に降り立った。
「レン!」宇宙船から下りてきたイチヤは駆け足で近付いて来ると、大きく腕を広げて愛しい姪(甥)を力強く抱き締めた。
「会いたかったよ」頬にキスの雨を降らせる。
「おじ様、くすぐったい」と笑うレンも頬にキスを返した。
「さあ、行こうか。途中何処かの星で買い物をしなくちゃならないしな」1秒でも時間が惜しいといった感じのイチヤに肩を抱かれたレンは3人娘に手を振って
「また後でね」と取り敢えずの別れを告げた。
「いってらっしゃいませ」と手を振り返す3人。
こうしてレンは、慌ただしくイチヤと共に旅行に出掛けた。
一方の乱闘中の5人は場外にもつれ込んでもまだ闘い続け、それは優勝者が決まってからも終らず日が暮れて参加者も観客も居なくなった頃に全員が動きを止めた。
荒い息の合間にジュンがマオに問う。
「レンちゃん、は?」マオが鼻で笑う。
「今頃かよ。まだ居るといいけどな」と部屋を教えてやる。ジュンとカイが少しフラついた足取りで部屋へと向かった。
「満足か?」リクがマオを見据える。
「そうかもな」
「レンには何をした?あの下らない撮影以外に」
「別に、何も。手は出してねえ」と答えたマオだったが、妙な間が空いたのにリクは気付いていた。
「ここまで大げさな事しといて隠し事はねーよな?」同じように勘づいたケイが突っ込む。頭を掻いたマオはバツが悪そうに言った。
「ちょっと泣かした」
リクの眉が跳ね上がる。
「お前、まさか」
「ちょろっと言っただけだ」リクがその顔を殴り付けようとしたその時、2人の足の間にナイフが突き刺さる。
「くそガキ共、気は済んだかなー?」観覧席の上に立ったなのが見下ろしている。
「アンタ、レンの」とケイが言いかけたが誰かの叫び声にかき消される。どんどん近付いて来たそれの正体は、レンを迎えに行った筈のジュンとカイだった。全速力で走る彼らの後ろからりのとののが追い掛けて来る。
止まりそうもないそれを見て、後の3人も走り出す。
場外となって下りた筈の舞台の上に再び上る羽目になった。背中合わせになった5人にじりじりと近付く3人娘。
「レンは?」横にいるジュンにリクが聞く。
「いなかった」と答えたジュンの言葉尻を拾ってりのが言う。
「ケンカ遊びに現をぬかす貴様らに愛想をつかされたのだ」
「後始末はー、好きにしていいって」嬉しそうに長剣を振り回すのの。
「というわけで、遊びの時間は終わりだよー?」ナイフの刃先を舐めるなの。
「レンちゃんは、そんな事許さないよ」ジュンが3人を見据えて言いきる。
「そうかな?これはレン様からのプレゼントだ」薄い笑みを浮かべるりの。
「そーそー。レン様よりもー、ケンカが大事なキミ達へのね」
「ありがたく受け取りな?くそガキ共」そうなのが言い終わると同時に3人が動く。
さすがに武器は使わなかったが、それでも先の闘いで疲弊している5人相手に容赦なく指1本動かせなくなるまで攻撃を続けた。
「レン様は当分お帰りにならない」連絡しても無駄だ、とレンの携帯電話を翳すりの。
「この先、どうするつもりか知んないけど、よーく頭冷やしな」となのが言い、3人娘はその場を立ち去った。
それから暫くしてヨロヨロと体を起こす面々。
咳き込んで口の中の血を吐き出すカイ。
「マジ容赦ねえ。やべぇわアイツら」
「だな」隣で頷いたケイと顔を見合わせて笑い始めた。他の者も釣られて笑い出す。痛みに顔を顰めたり、むせたりしながら一時笑い続けた後、フラつきながらも立ち上がる。
「お腹空いた」言って軽くマオの脚に蹴りを入れるジュン。「当然、奢りだよね?」
「仕方ねえな」ヨタヨタと歩き始める。
「俺達の負けって所だな」ぐしゃりと潰れた煙草の箱を取り出して1本抜き出すリク。
「確かに」俺にもくれ、と手を出すケイ。
「姫は姫でもじゃじゃ馬姫だな」とマオが洩らす。
「そこがいいんだよ」しれっとカイが言う。そんな事を言いながら歩く男達の頭上には満天の星空が広がっていた。
食事を終え、遅い時間だったので帰るのは明日にして今夜はここに留まる事になった。皆昨日と同じ部屋に戻って行く中、リクがマオを呼び止める。話を聞かれない場所がいい、と両隣が空いているマオが滞在している部屋へ入る。
「あの話は曖昧には終らせられないな」怒ってはいないが、厳しい顔付きをしたリクが口火を切る。観念した様に頷くマオ。
「何しても泣かねえから、試しに言ってみたんだよ」
「それで?レンはどんな様子だった」
「出ていけって震えながら言われて、顔見たら涙浮かべてた」リクが息を吐く。
「お前は、気が済んだんだな?それで」
「一瞬、な。後は何か、胸が痛むっつーか。落ち着かない」
「後悔してるって事か」
「多分」
「もうレンに何かしようとか思ってないな?」
「ああ」今まで歯切れの悪い物言いをしていたが、それはハッキリと言い切った。「お前が最初に面倒な事になるってのがよく分かった」
「ならいい。けど、お前が言った事はレンが一番触れられたくなかった部分だっていうのは忘れるな」厳しい顔付きのままのリクが言った。
「多分レンは謝罪なんか求めないだろう、だからお前はもう関わらないのが1番いい」
「近寄るなって?」
「ああ」自分の方を一切見ようともしなかったレンの様子を思いだし、また胸が痛み始めた。
その表情を見て目を細めたリクは「謝罪なんていうのは所詮言う側の自己満足だ。レンに少しでも悪いと思っているなら、その痛みに耐えてみろ」と言うと部屋を出ていった。
独りになったマオはベッドに仰向けに倒れる。
目を閉じるとレンの姿が浮かんで来る。
消し去ろうとしても現れるそれは、記憶というより妄想なのでは?と思う程何度も繰り返しマオの脳裏に浮かび上がる。
泣き顔が現れると、あの時初めてレンの顔を美しいと感じたのを思い出した。そして、その美しい顔が自分に向けられる事はないだろうと思うと胸が酷く痛んだ。このまま、ずっとこんな風に痛み続けるのだろうかとらしくもない不安に襲われる。
まだムカついていただけの頃の方が余程マシだった。本当に、面倒な事になったと自嘲の笑みを浮かべ、消しては現れるそれと体中の痛みと共に眠りに落ちるのを待った。