09嵐(前兆)

レンがAIに戻って来ると男達が訪ねて来た。しかも4人同時に。マオはリクに言われた事を守っているのか、一切の接触がなかった。とりあえず皆、応接室に通された。執事のサクマがまずリクだけをレンの部屋へ通した。「おかえり」優しく微笑んだリクにボソリと「ただいま」と言った後、プイと横を向いてしまうレン。しかしリクは気にせずに優しい言葉をかけ続けた。そして苦笑を浮かべて言う。「レンがあそこに居なかったら俺は闘っていないよ」「・・でも、忘れたでしょ?レンのコトなんか。楽しそうだったね」唇を尖らせる。どうやら怒っていると言うよりは、拗ねているようだ。それはリクにしろ、他の者にしろ、助ける義務はないしレン自身も彼らに助けて貰おうとは思ってはいなかったが、助けに来てくれたであろう彼らが自分よりも闘いの方に夢中になってしまったからだ。しかし、リクはその拗ねた様子がとても可愛らしく思えてどうしたらご機嫌が直るのか、と考えるのが楽しいくらいだった。「それは俺達が闘争本能に逆らえないバカだからさ」「ホント、バカみたいって思った」「でも、初めてだったよ。俺が我を忘れるくらいの衝動に駆られたのは」レンの手を取って自分の口許に近づけ「レンだけだよ?俺をこんな風にさせたのは」と甲にそっと口付け、チラリと視線を向けてくるレンに微笑む。「・・・リクが、居なくて寂しい時があった」「そうか」「抱き締めて、欲しかったんだよ?」手を引いて体を抱き寄せるときゅっとしがみ付いて来た。その温もりをたまらなく愛しく感じる。レンもリクの腕の中であの安らぎに包まれるのを感じた。「悪かった、すぐに行けなくて」耳元で優しく囁くと鼻を啜り、泣き始めた。背中を撫でてやりながら、泣き止むのを待つ。「許してくれるか?」「・・ん」胸に顔を埋めたままのレンが頷く。「ありがとう」両腕で抱き締める。「もっと、ギュッとして」望み通り、腕に力を入れ、レンがいいと言うまでそのままでいた。2度と、こんな風には泣かせないと心に誓いながら。「俺から、何か言っておこうか?」あまり何人とも話す気分ではないのでは、と気遣う。「ううん。大丈夫」「そうか、じゃあ」と言うと額に口付けて部屋を出て行った。次にレンが呼んだのは双子で、カイは初めて入ったレンの部屋をキョロキョロと見ていた。「ホントに、ケンカが好きなんだね」呆れ顔で2人を見る。「男の本能ってヤツだろ?」ケイが口端を上げて言った。「リクもそんな事言ってた」レンの横に座ったカイが顔を覗き込む。「男なら皆持ってるって。差はあるだろうけどな」「ふうん」興味がなさそうに言うレンを見て笑う。「ほんと、興味ねんだな」「ないよ」「その興味ないモノに皆が行っちまったからご機嫌損ねたって訳か」成る程ね、と頷くケイ。「別に怒ってないよ。呆れただけ」とレンは言ったが、ケイにはどちらでも良さそうだった。それよりも、と身を乗り出して言った。「カイはマジに心配してんだぜ?レンが賞品扱いされた時はぶちキレてたしさ。その辺は考慮してやってくれよ?」「ンなことイチイチ言うな」ぶすっとしてケイに文句を言うカイを見つめる。レンの視線に気付いたカイはバツが悪そうな顔をした。「何だよ」「ありがとう、心配してくれて」笑みを浮かべて言ったレンを見て、顔を赤くしたカイが横を向く。「いいって、礼なんか言うなよ」照れてる?なんか可愛いんだけど。そう思ったレンは近づいて下から覗き込み、目を輝かせながら笑顔でカイを見つめる。「ンな顔して見んな」ブスくれたままのカイにじっとりと睨まれる。「何で?」「襲いたくなる」「・・・」すーっとカイから離れようとするレンをニッと口端を上げたカイが捕まえて擽った。「ヤダっ、くすぐった・・」声を上げて笑いながら逃げようとするレンをカイの手が捕らえて擽り続ける。ケイはその様子を面白そうに眺めている。「もうっ・・・降参」パタリとレンが床の上に倒れ、その上にカイが覆い被さる体勢になる。じゃれ合っていたせいでレンの服が乱れ、肩や腿がはだけて見えている。おまけに頬はうっすらと上気し、息も弾んでいる。「あ・・・」カイが声を洩らす。「?」どうかしたのか、と見上げるとカイは慌てて飛び退き、部屋を飛び出して行った。「何?どうかしたの?」笑いを堪えているケイに不思議そうに聞く。「そりゃ、反応しちまったんだろ」喉で笑いながら答える。「反応?」首を傾げるレン。「だから、レンの色っぽい格好見て下半身の男の部分が熱くなっちまったってこと」そこまで言われてカイに起きた現象を理解したレンは顔を赤くし、慌てて服の乱れを直した。立ち上がり、その頭をわしゃわしゃと撫でたケイは「今日は、アイツ連れて帰るわ。また遊んでやってくれよ?」と言って部屋を出て行った。そして最後に部屋へやって来たのはジュンだった。顔を見た瞬間、胸が高鳴る。しかしジュンはレンの顔を見た途端、情けない顔をして抱きついて来た。「レンちゃーん。ゴメンね?怖い思いさせちゃって」一気に動悸が激しくなり、息が苦しくなった。「ううん・・ジュンのせいじゃないし、気にしないで?」それよりも早く離れてくれないと呼吸困難で死ぬかもしれないと思うレン。「そんなコトないよ。俺が」体を退いてジュンの顔を見つめたレンが首を振る。「ジュンのせいじゃないよ」もう一度言った。「レンちゃん」困ったような顔で笑うジュン。「それよりも、迎えに来てくれなかった方が悲しかったな」つんと唇を尖らせて見せるとガバッと頭を下げるジュン。「ゴメンっ。頭に血が上りすぎちゃって、マオぶっ飛ばさないと気が済まなくって」「やっぱり、皆そんな感じなんだね」ふう、とわざとらしく溜め息を吐いてから「いいよ。もう終わった事だし」とジュンの顔を上げさせる。「レンちゃん、優しい」ギュッと両手を掴まれた。「でしょ?」ちょっと威張って見せる。その顔をうっとりと見つめたジュンが「綺麗だな・・」と呟く。「何?急に」照れ隠しに笑う。しかしジュンはじっとレンを見つめるので、困ってしまい目を伏せようとした時に不意にジュンが言った。「俺、レンちゃんが好きだ」「え?」突然の告白に大きく目を見開く。早鐘の様に心臓が脈打ち始める。「初めて見た時、こんなに綺麗な子がいるんだって驚いた。どんな子か知りたくって」悪戯を告白する様な決まりの悪い顔をして「ちょっとエッチなコトも考えたりして」と下心があった事も正直に告白する。「でも、レンちゃんと一緒に遊んで、話して、色んな表情のレンちゃん見てるとスゴく楽しくって、スゴくドキドキして」真っ直ぐに見つめたまま、話を続ける。「ずっとレンちゃんと一緒にいたい、もっとレンちゃんを知りたいって思って、ああ、俺はレンちゃんが好きなんだなって思ったんだ」「・・ジュン」ああ、どうしよう・・。どうすればいいの?と頭の中も心臓同様に忙しくぐるぐる回っている。「レンちゃんは、俺のコト、どう思ってる?」胸がドキドキ所ではなくドドドである。嘘なんか付けない、でも付き合うのは-・・・。深呼吸をしてジュンを見つめ、自分の気持ちを伝えた。「オレも、ジュンが好きだよ」喜びに顔を輝かせて抱きついて来ようとするジュンを制止して話を続ける。「でも、今は付き合えない」「どうして?お互い好きなのに」「それは・・」言葉を詰まらせたレンの手が微かに震えているのを見たジュンはやさしくその手を握った。「何か、不安なコトがあるんだね?」「うん」「それって俺も一緒に考えたり出来ないコト?」「・・・」困った顔をしたレンの頬を両手で挟む。「俺、レンちゃんを1人で悩ませたりしたくないよ」間近に顔を寄せたジュンが真剣な眼差しで言った。「ありがとうでももう少し、待って欲しい」「分かった。待つよ。いつまででも」頷いたジュンに優しく微笑まれて胸が熱くなった。ジュンの手を握って笑みを返す。「でもさ、俺は今でもかなり幸せだよ?レンちゃんも好きって言ってくれたんだから」そう言って笑うジュンの笑顔は本当に嬉しそうだった。「うん」それはレンも同じだと頷く。そうして互いの気持ちが通じ合った2人は夜遅くまで、共に過ごす幸せな時間を味わった。門の前まで見送りに来たレンをふわりと抱き締めて「おやすみ、レンちゃん」と頬にキスをした。「お、おやすみ」その頬を赤く染めて見上げてくるレンの表情がとても可愛らしくて、ジュンはもう1度キスしたくなるのをぐっと堪えた。「体、冷えるから中に入って」とレンを家に戻るように促し、その姿が見えなくなるまで見送ってから帰路に着いた。小走りで家まで帰って来たレンは玄関前の階段に座り込んだ。門からレンの家までは歩くと結構な距離がある。普段運動しないレンにはフルマラソンを走ったかの様な運動量に思えたが、息を切らしながらもそれを苦しいとは感じなかった。ジュンの唇が触れた頬が熱い。そっと頬に手を当てて目を閉じる。胸がドキドキしても、今は苦しいとは思わなかった。きっとジュンも同じように感じている筈だから。 幸せの余韻に浸るレンは心配して見に来た3人娘に発見されるまでそこに座っていた。それからしばらくは穏やかな日々が続いていた。ジュンとは頻繁に会っていて、その度に想う気持ちは強くなり、そろそろ全てを話そうかと思い始めていた。相談を受けていたリクもレンがそう思うなら構わないんじゃないかと言った。しかし、レンはどこか乗り気でない様子で俯く。「やっぱり、怖い?」優しく髪を撫でるリクの胸に顔を埋める。「ううん。ジュンはきっと一緒に考えてくれると思う」「他に、何かあるのか?」緩く抱き締めて話を促す。「うん。気になる」「何が?」「カイのコト」「カイ?」驚きに目を見開くリク。何やらややこしくなりそうだと思いながら、頷いたレンの頭を撫でてやる。レンの話はこうだった。レンの家に来たあの日以来、カイからの音沙汰はなかった。自分も両想いとなったジュンの事で頭が一杯で、カイの事を気にはしていなかった。所がある日、ジュンと出掛けている時に偶然カイとケイに出会ったのだ。2人の隣にはそれぞれ女の子と男の子がべったりと体を寄せていて、どう見てもデート中のカップルという雰囲気だった。ケイの方は普通に挨拶してきたのだが、カイは何も言わずに視線を反らすと隣の女の子を連れて立ち去ったのだ。それを見たレンは何故か胸がチクリと痛み、「ふーん。カイはリタイアか」と呟いたジュンの言葉に更にチクリと痛んだ。その時はそれで済んだのだが、ふとした時にそのチクチクが甦り、気になったレンは初めて自分からカイに連絡をした。そしてカイとの待ち合わせの場所に行くと、この間隣にいた相手もそこにいたのだ。とはいっても女の子ではなくケイの隣にいた男の子の方だったのだが。それでもレンはまた胸が痛み、しかし何と言って良いのかも分からず「最近、連絡なかったね」と言った。カイは無愛想に「別に、約束してねーし」と返して来た。その後もレンが何かを言っても冷たい返答が返って来るだけで、レンを見ようともしない。好きだと言われたのが嘘だったのかと思う程につれない態度に胸が痛くて苦しくて唇を噛んでいた。カイの隣に寄り添う男の子にクスリと笑われ、ギュッと拳を握り締める。「この間、オレの事を好きって言ったのは嘘?」カイは眉間に皺を寄せただけで何も言わない。しばらく重い沈黙が続いた後、耐え兼ねたレンが「そう、分かった」と踵を返す。すると立ち上がり、近付いて来たカイに腕を強く掴まれた。「痛いっ離してっ」「・・じゃねぇっ」「何?」キッと睨み付けると苦しそうな顔をしたカイが言った。「嘘じゃねぇよ!」「そうは思えない」掴まれた腕を思い切り引いて離れようとする。「しょうがねぇだろっ?側にいると抑え効かなくなりそうなんだよっ」「どういう・・?」「この間、家行った日レン見て勃っちまって・・生でああいうエロい格好されたら想像とか話になんねーくらいたまんねぇんだよ」掴んでいた手を放す。「だから、側に居てもヘーキになれるまでは会わないようにしてた」「それで他の人と?」相変わらずの率直な話に首まで赤くなる。「しょうがねえだろ?手だけじゃおさまらねんだから」その言葉を聞いた瞬間、無性に腹が立った。「何それ」プイと顔を背け、スタスタと歩き出す。「待てよ!」「嫌っ」今度は掴んだ手を引き寄せて抱き締められた。「口でさせてるだけだって、本番までしてねーから」どういう言い訳だと突っ込みたくなるがカイは真剣だった。「そんな話っ聞きたくないっ」暴れるレンを腕の中に押さえ込んだカイが語気を荒げる。「じゃあどうしろって言うんだよ!?自分だってジュンと付き合ってるクセに俺にはガマンしてろって?」 「まだ付き合ってない!」「一緒だろ?ベタベタイチャつきやがって見てりゃ分かるっての!」「だったら好きにすれば?その代わり一生顔見せないで」「はあ?ザケんなっ何様のつもりだよ」「・・だって嫌なんだもん」上目遣いに見られてカイが言葉を詰まらせる。「おい、どんだけ自分勝手か分かってンのか?」苦しそうに顔を顰める。「そんなの知らない。レンが嫌なんだから仕方ないでしょ?」何と言われようと、どう思われようと、自分を好きだと言ったカイが他の相手と関係を持つのは我慢ならなかった。カイが我慢出来ないのなら自分との関わりを絶ってもいいとさえ思う程に。嫌だからで全てを片付けてしまおうとするレンの強引な理論にカイは言い返す気力を削がれる。多分、何を言っても通じないと悟ったのだ。「・・ひでえ」がっくりと項垂れたカイはずるずるとレンの体を伝って床に座り込んだ。「じゃ、帰るね」カイが納得したと思ったのか、ヨシヨシとその頭を撫でて立ち去ろうとすると手を握られる。どことなく不安そうな顔で見上げてきた。「なあ、ヤキモチでいいんだよな?嫌がらせとかじゃねえよな?」縋る様な瞳で見つめられ、子犬の様だと思う。しかしヤキモチならカイを好きだからという事になる。え?好きなの?あれ?何で?今更に自分の気持ちを問うレン。「えっと・・また連絡するね?」取り繕った笑顔でカイから離れ、早く頭を整理しようと走り出す。「は?ちょっ・・レン?」カイが呼び止めるのも構わずにそのまま走り去った。「それで?カイへの気持ちはどうなのか、整理がついたのか?」話を聞き終えたリクは優しい声音のままレンに問うた。「まだよく分からない。他の人に取られるのが嫌だと思うのって好きっていうより・・惜しくなっただけなのかもって」大して興味のないものでも他人が欲しがると途端に惜しくなるという話はよくある。「そんな風に思うなんて。カイが言う通り勝手だよね?」「そうかな。誰にでもそういう所はあるさ」ヨシヨシと背中を撫でる。「カイとも一緒に過ごしてみるといい。そうすれば何か分かるかもしれない」確かに、告白されてからはマオの件があり、一緒にいる時間はなかった。「ねえ」顔を上げてリクを見つめる。
「それで、カイを好きだったら変なのかな?同時に2人の人を好きになるなんて」リクはややこしくなるなとは思ったが、レンが望むなら好きなようにすればいいと思った。「俺は、レンが2人を好きでも構わないと思うよ。恋愛の形は人それぞれだ」但し、あの2人がそれについて行けるかどうかは分からないが。「ホント?」大きな瞳が真っ直ぐに見つめてくる。恋をすると綺麗になる、とはよく言うがレンもそれに当てはまっているようだとリクは思っていた 。もっと、綺麗になっていくレンを見たい。不思議な欲求が沸き起こる。「ああ」殊更に優しく、甘く微笑んで額に口付けた。後押しを得て自信を持ったレンは、瞳を輝かせた。それを見てリクは満足そうな笑みを浮かべた。