昼下がり、庭で読書をしているレンの元へ執事のサクマがやって来る。
「レン様、本日もまたお見えになられていますが」本から目を上げないまま、手振りで通せと指示を出す。
「かしこまりました」一礼をしてサクマが去って行く。
「レン様、いいんですかぁ?」ゆっくりとした口調でののが問う。
「そーですよ。追い返せばいいのに」腕を組んで不満そうになのが言う。
「いいの」短く答えたレンがページを捲る。暫くすると足取りも軽やかに近付いて来る者の姿が見えた。
「レーンちゃーん♪」手を振りながらジュンがやって来る。リクと訪ねて来た日から、週に3、4回はレンの家に来ている。今までは会わずに追い返させていたレンだが、そのあまりのしつこさに根負けしたのか単なる気紛れか今日初めて中へ通したのだ。
「やっと会ってくれた」レンの居る東屋まで辿り着いたジュンは満面の笑みで言った。しかしレンは本から顔を上げもせずに「そんなに暇なの?大学生って」と言った。
「うん。だから遊んでよ」
「遊び相手には不自由してないでしょ?」代表に名乗りを上げる前に他の地区の代表の事は調べさせてある。この軽いノリの青年はフットワークも軽い様で、代表である以外にも男女問わず何人もの相手と遊び歩いている事でも有名だった。
「他の子じゃなくてレンちゃんがいい」栞を挟んで本を閉じたレンが漸くジュンへと視線を向ける。
「何もないよ?探っても。この間言った通りだから」
「そんなんじゃないって。地区関係なしにさ、レンちゃんと仲良くなりたいだけなんだって。信じてよ」隣に座る事はメイド3人娘に阻まれたので、向かいに座ったジュンが身を乗り出す。ジュースの入ったグラスを手に取ったレンはジュンにも注いでやるように合図して1口飲んだ。
「何で?仲良くなりたい理由が分からない。」
「えー?そういうのに理由とかないよ。レンちゃんだって初めて見た子にどんな子かな?話してみたいなって思う事あるよね?それと同じだって」
「・・・」探る様な視線でジュンを見つめた後小さく息を吐いて言った。「押し掛けて来るの、やめるなら1回くらい遊んでもいいよ」
「マジで?ヤッター♪」万歳をして喜ぶジュンの背後に回ったなのが耳元で囁く。
「レン様の遊ぶの意味、取り違えてないよね?」
「分かってるって。超健全、安心安全に遊びますって」今1つ信用出来ない軽いノリで答えたジュンはレンにお伺いを立てる。「どっか出掛けたりもアリ?」
「いいよ」
「よっしゃー!!」ガッツポーズを決めたジュンは目の前に置かれたグラスを掴み、一気に飲み干すと立ち上がった。
「じゃあまたレンラクするね~♪」手を振りながら来た時と同様に足取り軽く去って行く。
不満そうな顔をしたなのがレンにこぼす。
「何であんな約束しちゃうんですか?ああいうヤツはすぐ図に乗るのに」他の2人も頷いた。
「1回くらい、様子見てもいいかなって。何考えてるのかよく分からないし」
「レンさ・・」抗議の声を上げようとした3人娘を遮って笑顔で言った。
「それに、もしもの時は皆が守ってくれるから安心だしね」
「モチロンです!レン様~!」声を揃えて言った3人娘はがばっとレンに抱きついた。
その日の夜、ジュンから日時を知らせるメールが届いた。特に用事は入っていない日だったのでそれで良いと返信した。
そして約束の当日、朝7時にジュンが迎えに来た。
約束の時間より2時間も早い。まだベッドで眠っていたレンは応接室で待たせるように指示を出して「あと5分・・・」と目を閉じる。30分後、モソモソと起き上がったレンの身仕度を整え始める3人娘。
「非常識だっての。2時間も前に来る?」となのが文句を言うとりのも頷いて「レン様の許可を頂ければいつでも粛正致しますが?」と伺いを立て、ののが「じゃあーののが行きましょうか?」とドアの方へ行きかけるのをレンの声が止めた。
「いいよ。遅れるのは許せないけど。先に来たって向こうが待つ時間が長くなるってだけだし」早く迎えに来たからといって、それに合わせるつもりは全くないようだ。食堂で寝覚めの茶を飲みながらメールや手紙を確認、新聞に目を通した後朝食をとる。いつもと変わらない優雅な朝の過ごし方をしたレンがジュンの待つ応接室に来たのは本来の約束の時間の10分前だった。
「おはよ~レンちゃん♪」
「おはよう」2時間近く待つ結果となったジュンだったが、テンションは下がってはいないようだった。約束より前に来たとはいえ、結構な時間を待たせたのだがレンの口からは謝りの言葉などは出ない。
「それで?どこへ行くの?」知らされているのは日時のみで場所は知らない。しかし時刻を確認したジュンは「とりあえず出ようか」と家を出る様に促し、車で近くの駅まで送ってもらう。
「列車に乗るの?」
「うん」とジュンは3人娘に切符を差し出す。少し驚いた顔をする3人。2人きりで行きたいとか言い出すのではと思っていたので意外だったようだ。
「私達は自分で用意しますので」と断ろうとするりのに3枚の切符を握らせる。
「もう買っちゃったんだし、使ってくれなきゃもったいないよ」笑顔で言ったジュンはレンにも切符を渡す。珍しい物でも見るように掌のそれを眺めるレン。普段は車ばかりでたまに列車や船に乗るとしても自分で切符等を持つ事はない。
「どうするの?これ」と聞いてきたレンを連れて改札口へ行き、やり方を教える。改札機に吸い込まれた切符が出てくるのを見て感心するレンの様子を携帯電話のカメラにおさめるジュン。
「いいよね?写真」撮った後だが確認を取る。3人娘は渋い表情だがレンは構わないと言った。
ホームに入って列車を待っていると程なくして列車が滑り込んで来た。
車両の中を見渡したレンは不思議そうに「個室ないんだね、この列車」と言った。たまに乗る列車は個室のあるものなので、普通列車には初めて乗るのだ。向かい合わせの4人掛けの席に座る事にする。なのがレンの隣に座り、りのとののは別の席に座る。
「で、どこへ行くの?そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」列車がゆっくりと動き始めた時にレンが言った。
「チョコ山脈登ったことある?」
「ない」それを聞いてジュンは嬉しそうな顔をした。
「この列車、チョコ山脈の上の方を走るんだ。遠くまで景色が見えてキレイだよ」ジュンの言った通り、5人を乗せた列車はチョコレート海を二分するチョコレート山脈の頂上付近を走る。その車窓からの眺めは壮大で美しく、休みの日にはたくさんの乗客で混雑する。今日は平日なのでレン達の他は数人の乗客がいるだけだった。
「そうなんだ」まだ街中なのだが、窓の外へと視線を向ける。どうやら楽しみになってきたらしい。山頂まではまだまだ遠い。その間、一緒にゲームなどをしながら他愛のない話をする。
ジュンのニコニコと楽しそうなその笑顔を見ていると、他意など何も無いように感じられる。その明るい笑顔と人懐っこさは人を自然と和ませた。
普通に遊ぶ相手としてはいいのかも。ジュンの笑顔を見ながらレンは思った。
やがて列車は山の中を登り始め、窓からの眺めは木々の緑に占領される。暫くその様子を見ていたレンだが、中々途切れそうにもないので見るのを止めた。そこへ車内販売のカートを押した女性が通り掛かる。ジュンが呼び止めて買うものを選び始めた。レンも菓子を2、3選ぶとそれを指して「これも一緒に」とまとめて会計を済ませるジュン。
「払うよ。いくら?」レンが言うと同時に財布を出すなの。
「いいって今日付き合ってくれたお礼」
「・・ありがとう」
「どういたしまして」と笑ったジュンは買ったものを開け始めた。
「これ、おいしいんだ。食べてみて?」棒付きのあめをレンに差し出す。それを受け取ったレンはお返しに、と自分の菓子を分ける。まるで遠足のノリだがそれが結構楽しく思えた。
「ほんとだ。おいしい」あめを舐めたレンが笑う。この日初めて見せた笑顔をすかさず写真に納める。
そうこうしている間に列車は山頂へ。緑のカーテンが一気に開かれ、雲が目の前を通り過ぎて行く。下方には自分達の住む街がミニチュアの様に小さく見えた。雲が去っていくと、遥か向こうのチョコレート海をぐるりと取り囲むドーナツ島の岩壁まで見えた。
息を飲んでその光景に見入るレン。旅行先で美しく風景を見る事はたまにあるが、近くでもこんな風景を見られるとは思っていなかった。
「綺麗だね」ポツリと言ったその言葉にジュンが頷く。
「途中でさ、1時間くらい停まるんだ。外で見たらもっとキレイに見えるよ」
「ほんと?」嬉しそうな表情を見せる。ジュンに対して打ち解け始めたレンを複雑な面持ちで見守る3人娘。
頂上を走る行程の丁度半分の距離にある駅で列車は停まった。そのまま1時間程停車するのとホームと列車の間に段差があるので気を付けてくれと注意を促すアナウンスが流れてドアが開いた。先に下りたジュンは支えが要る程の段差ではないのだが、当然の様にレンに手を差し伸べる。差し出されたレンの手をきゅっと握り締め、下りるのを支える。そしてそのまま手を離さずに「こっちだよ。行こう」と軽く引いた。その一連の動作をごく自然にされたせいか、レンはそのままジュンと歩き始めた。
「チッ慣れてるなアイツ」少し遅れてついて行きながらなのがこぼす。
「レン様が嫌がったらあの手を撃ち抜いてやるのに」平然と言ったりのが懐に手を忍ばせる。
「でも、レン様たのしそう・・・」ののが呟く。
「高校、卒業されてからお友達の方と遊ぶ機会なくなったからね」りのがしんみりと言った。
ファンの様な取り巻きはたくさんいても対等な友人というのはあまりいない。その数少ない友人達は卒業後、進学や就職の為に皆チョコレート海を離れてしまったのだ。
「もし妙な思惑でやってるんなら」ジュンの背中を見据えたなのがそこまで言うとりのもなのも頷いた。皆まで言わずとも心得ている、と。
「コワイなあ。」ボソリと呟くジュン、3人娘の会話は聞こえてはいないのだが背中に絶えず向けられている視線を感じていた。牽制の意味を込めてあえて隠されていないのだろう殺気混じりのそれはビリビリと彼の背中の皮膚を刺激した。
「何?」ジュンの呟きにレンが顔を向ける。ニッコリと笑ったジュンは「お腹空いたなーって。後で何か食べようよ」と言った。
観光客が来るのを見越して、この頂上の真ん中の駅の周りにはカフェや売店がある。
「そこの店のさ、てっぺんバーガーっていうの美味しいんだよ」空いている方の手で店を指差す。
「バーガーなんてしばらく食べてないな」
「そうなの?じゃあ絶対食べなきゃ」
「うん」嬉しそうに微笑んだレンはこんな風なやりとりをするのは高校生の頃以来だなと思う。
景色を一望出来る場所へ着くといそいそと携帯電話を取り出して写真を撮り始めた。その横顔を撮影したジュンが「一緒に撮ろうよ」と提案し、それぞれの端末で風景をバックに撮影した。その後レンが3人娘も一緒にと誘い、皆で記念撮影をした。
そしてジュンの言った店でてっぺんバーガーを買って、外に設置されたテーブル席で食べる。
レンがかぶりつく所を動画で撮影しながらジュンが聞く。
「久しぶりのバーガー、おいしい?」ジュンの方へ視線を向けて頷く。もぐもぐと咀嚼して笑顔を見せた。
「おいしい」
「よかった」笑顔を返したジュンも携帯電話を置いてバーガーにかぶり付いた。
楽しそうに笑う2人の様子は端から見ていると仲の良い友達のようだ。
こうして残りの行程も楽しく過ごしたレン達を乗せた列車は日が暮れた頃に出発した駅まで帰って来た。
「どうだった?今日」レンを迎えに来ていた車の前でジュンに聞かれる。
「予想外に楽しかったよ」素直に感想を述べる。レンは自分の気持ちに嘘はつかないと分かってはいるのだが、渋い顔にならざるを得ない3人娘。
「よかった~!じゃあ、もしかしてだけどさ、次もある?」大げさなくらい喜んだ後わざとらしく遠慮がちに聞いてきた。
「かもね」悪戯っぽく笑うレン。
「ヤッタ!!」それをほぼ肯定だと受け取ったジュンは喜びの声を上げる。
「今日撮った写真送るからメール送っていいよね?」
「いいよ」
「ありがとう♪」満面の笑みを浮かべるジュンは本心から嬉しそうに見える。つられてレンも微笑んだ。
「じゃあ」手を振って車に乗り込む。
走り去る車が見えなくなるまで見送ったジュンは今日撮った写真と動画を見て微笑む。
ヤバいなあ。マジでカワイイじゃん。もっと色んな顔見たいなあ。
「あ、あいつらに自慢してやろ」クスクスと笑って他の地区の代表達と連絡を取り合うスペースに写真を何枚かアップした。
『A地区代表のレンちゃんと遊び行ってきました~♪楽しかったよ~♪♪レンちゃんカワイイ!』と軽ーい文章を添えて。その後レンにも写真と動画を添付したメールを送る。
「今度はどこ行こっかなあ。遊園地とかも行ってなさそうだから喜ぶかな?映画もいいかなあ」楽しそうな独り言を言いながらジュンは帰路に着いた。
おまけ
ケイ&カイ
「あ。ジュンのヤツやっぱ行動早ぇな」カイに携帯電話を差し出す。それを見てカイは鼻で笑った。
「いんじゃね。出掛けただけだろ。先に喰われんのはシャクだけどな」
「けど放ってはおけねえだろ」
「まあな。とっとと喰っちまうか」
「だな」
リク
見た瞬間に溜め息。
「こんなもの見たら双子も動くだろ。ったく…知らねえぞ」もう一度溜め息。
マオ
一瞥しただけで携帯電話をしまう。