イチヤとの旅行から戻ったレンは、自宅よりも先に同じ敷地内にある両親の家に寄った。
母は外出中で父は書斎にいると執事に告げられ書斎へ向かった。長い廊下を歩きながら、変わらないなと思う。家にいる間、父は殆どの時間を書斎で過ごす。なので父の事を思い出すと背景にあるのは書斎の様子だった。
書斎の前に立つと扉をノックをする。
「入りなさい」返答を受けて中に入ったレンは父、レイジの前に立つ。
「ただいま戻りました。お父様」深く頭を下げるレンに向けられるのは厳しい眼差しと「どうしてああいう事になったのか、最初から説明しなさい」厳しい声だった。しおらしく頷いたレンは話始める。
ジュンを好きな事など自分の感情は抜いて、大まかな出来事を順を追って説明した。その間レイジはずっとレンから視線を外さなかった。
「その代表とやらは降りる気はないのか」話を聴き終えたレイジは溜息混じりに言う。「そんな事に関わるから要らぬ事態を招くのだ」
「・・・」ぎゅっと両手を握り締めたレンは父を真っ直ぐに見つめた後再び深く頭を下げた。「二度とお父様にお叱りを受けるような事はしません」
実際には数分、レンにとっては数十分以上経った様に感じられる沈黙の後「次に何かあった時は代表を降りなさい」と告げられた。
「わかりました」頭を上げたレンはポケットから綺麗に包装された小さな箱を取り出し、父に差し出した。
「これ、お土産です」
「そうか頂こう」表情を変えないままレンの手からそれを受け取ると開きもせずに引き出しにしまった。それを見ていたレンは少し寂しそうに微笑み「では失礼します」と一礼をして書斎を出た。
レンの出て行った扉を少しの間見つめていたレイジは、しまったばかりの土産を引き出しから取り出した。そして別の引き出しを開け、底に取り付けられた何かのスイッチを押す。すると机が前にスライドして下へと降る階段が現れた。
土産を手にしたまま階段を降りていくと扉があり、それを開くとだだっ広い室内に等間隔で設置されている大きな棚が見える。その棚には一区切り毎に開閉する透明の扉が付いていて、ラベルが差し込める様になっている。
一歩中へ入ると左手にテーブルがあり、ルーペとペン、ラベルの束が置かれている。ルーペを手に取り、レンの土産を覗くと箱の中身が透けて見える。キラキラと輝く貝殻で装飾されたネクタイピンだった。今度はペンを手に取り、束から一枚抜き取ったラベルに日付と品名を書き込むと棚の方へ移動する。真ん中辺りの棚の前で立ち止まると区切りの列をまだ収納されていない箇所まで辿る。収納済の区切りには色々な物が入っているが、品名やほとんどの物が包装されている事から察するに収められているのはプレゼントや土産物なのだろう。
空の区切りの中に今日の土産を収めて扉に先程書いたラベルを差し込んだ。レイジの唇に微かに笑みが浮かぶ。今までのコレクションを眺めるべくゆったりとした足取りで棚の間を歩き始めた。
その頃、帰宅したレンの母くるみがレイジの所在を執事に訊ねていた。
「旦那様は先程レン様と書斎でお会いになられておりましたのでまだ書斎かと」
執事の返答を聞いたくるみは小さくため息を吐いて「それじゃあレイジさん、しばらく出て来ないわね。またレンコレクションの部屋でしょうから」と苦笑した。居間にお茶の用意をしておくように頼み、着替えを済ませに自室へ戻った。
レンが産まれた時、レイジは大変喜びで感極まって涙を浮かべた程だった。やがて成長するにつれ母譲りの美貌のおかげか周りの者が(特にイチヤ)レンを甘やかし、レンの方も少々我儘が過ぎる所が目立ってくるとこのままではレンの教育に良くないとレイジは悩んだ末に自分は厳しく接すると決めたのだ。くるみは幾度となく別のやり方があるのではないかと諭そうとしたのだが、レイジは聞き入れなかった。
そのくせレンを厳しく叱った後は密かに落ち込んだり、レンから貰った物は開封するのも勿体ないと保管する様を見てきたくるみは、居間のソファに腰掛けながら「真面目って言うより不器用なのね、レイジさんは」と言ってまた小さくため息を吐いた。
「何だかアイドルへの思いを妙に拗らせちゃったファンみたいよねぇ」お茶を注ごうとしていたメイドの手が笑いを堪える為か震えている。
「奥様、さすがにそれは言い過ぎでは?」咳払いをした執事に窘められるがくるみは「そうかしら?」と微笑んでお茶を飲んだ。
そんな事を妻に言われているとも知らないレイジは地下の保管室でレンからの贈り物を飽くまで眺めていた。