06集まる会にて

双子と遊んでから1週間後、代表同士が集まる会が開かれた。会場は順番に替わっていく持ち回り制で、今回はリクが代表を努めるD地区だった。
会場は担当する地区が準備する。リクが用意したのはホテルの会議室だった。少し早目に来たレンは3人娘を廊下に待機させて会議室の中に入った。レンよりも先に来ていたリクが声を掛ける。
「ジュンやケイとカイと遊んだって?何もなかったか?」
「ないよ。心配してくれるの?」双子よりは低いが、180㎝以上あるリクを見上げて小首を傾げる。
「ああ。おかしいか?」
「高校出てからは全然会ってなかったし、リクはあんまり良く思ってないでしょ?オレが代表になった事」リクとは父親同士が知り合いで、小さい頃から顔を合わせる事も多かったし学校も中高と同じだった。とは言っても格別仲が良かったという程でもなく、高校時代にはレンの数少ない友人とリクが付き合っていたので、たまに友人達数人とで遊びに行ったりする程度の仲だった。
リクは中々に鋭いなとは思ったがそれを表には出さない様に微笑む。
親同士が仲が良くても子供までそうなれるとは限らない。たまに会うイトコ程度の頻度でしか関わって来なかったし、今もレン自身を心配するというよりは、レンに何かあってそこから波及する出来事の方を心配しているわけだ。
「確かにそこそこの付き合いだったな。けどレンの事は心配だよ」大きな瞳が心を読もうとでもしているかの様にじっと見つめてくる。
「そう?ありがと」半信半疑なのだろう形だけの笑みを浮かべるレン。
そこへ大きな声を上げてジュンが割り込んで来る。
「レンちゃ~ん♪」ぎゅっとレンの両手を握り締める。「ジュン、早いね」先程とは違う笑みを浮かべてジュンを見つめる。
「だってレンちゃん来るって言ってたし」握った手を胸の前まで引き上げて「会の後さ、どっか行こうよ」と誘った。端から見ているとすっかり仲良しに見える。
「んー。この後人と会う予定なの。長くはかからないと思うけど」
「じゃあ待つよ。どこで会うの?」
「下のラウンジ」それを聞いたジュンが「それって俺もついてったらダメ?」とお伺いを立てる。レンはクスリと笑った。
「いいよ。ダメでも隠れて来るつもりでしょ?」
「あ。バレた?」茶目っ気たっぷりに笑うジュンは「ありがとう」ときゅうっとレンに抱きついた。
「で、誰と会うの?」
「イトコ」
「え、あのレンちゃんのお気に入りの?」
「ううん違う人。ちょっと頼まれ事されてね」
“仲良く見える”所かここ暫くの間に本当に仲良くなったみたいだなと横で見ていたリクが思っていると双子が入って来てレンの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「ケイ、カイ弟くんと一緒にしないでよ」乱された髪を撫で付けながらレンが言った。
「しょーがねえじゃん。そう見えるんだからよ」と言いながらカイがレンを連れケイとの間の席に座らせようとするのをジュンが止める。
「ちょっとカイ、レンちゃんは俺と座るんだから」
「はあ?知らねーし」
「この間レンちゃん抱っこしたんだからもういいじゃん」
「ぁあ?今お前も抱きついてただろうが」と、そこへ「あほらし。席なんかどこでもいいだろ」言い争う2人の横をE地区代表のマオが通り掛けに言った。ジュンとカイに手を握られているレンをチラリと見下ろす。
「いい御身分だな。止めるとか宥めるとかしねーのかよ」初めて会うレンに対していきなりの皮肉をかます。冷たい視線とその言葉に一瞬で嫌われているのだと認識出来た。こんな風にあからさまに嫌われるのにも慣れている。しれっとして「何で?」と返した。眉間に皺を寄せたマオがイラッとしたのが伝わってくるが知った事ではない。
「ああ、もしかして拗ねてるの?仲間に入れないから」
それを聞いたリクはこめかみを押さえ、ジュンは「おー」と感心したように言い、双子はニヤリと笑った。
レンに顔を寄せたマオが凄んで言い放つ。
「何勘違いして調子づいてんだよ。お前みたいなどっちでもねえハンパなヤツが・・」最後まで言い切る事は出来なかった。ジュンがマオの口を塞ぎ、その勢いで後ろの壁に押し付けたのだ。
「言い過ぎだよねえ?マオ」笑顔だが普段とは明らかに違う雰囲気を纏っている。マオにだけ聞こえるように声を落とす。
「お前こそ何か勘違いしてんじゃない?興味ないつったくせに引っ込んどけよ」初めてレンがこの会に来た日、どういうつもりで中立宣言をしたのかリクと話を聞きに行ったジュンは双子とマオにその報告をした。その時マオはレンの事をつまらない、興味がないと言ったのだ。
舌打ちしてジュンの手を払ったマオはレンを一瞥して机を挟んだ反対側へと行った。
くるりと振り向いたジュンは何時もの調子に戻っていた。心配そうにレンに声を掛けてくる。
「大丈夫?気にしなくていいよ。マオの言うことなんか」
「そーそ。アイツ考えなしに言うからよ」カイがヨシヨシとレンの頭を撫でる。「お前が言うかよ」ケイが突っ込みを入れるとクスクスとレンが笑った。
「大丈夫、気にしてないよ」ジュンとカイの間の席に腰掛ける。今までも何度か似たような事は言われた事がある。のほほんとした人達が多い所だとはいえ全てがそうではない。少数だが性別を持たないという異質な存在のレンを忌み嫌う者もいるのだ。胸が痛まない訳ではないが、どう言われても自分は変わることも代わることも出来ないのだからそんな言葉に囚われる必要はないと気持ちを切り替えてきた。そして今は庇ってくれたジュンと気遣ってくれたケイとカイのおかげで胸がじわりと温かくなるのを感じた。
「ありがとう」と柔らかく微笑んだレンは目にした者が思わず見惚れてしまう程に美しかった。3人、いやリクも含めて4人は暫しの間その笑みに目を奪われた。
ふと視線を外したリクは苦笑する。
人を苛つかせる挑発するかと思えば見惚れる程の笑顔を見せる。コロコロと表情と態度を変えて見せるのは小さい頃と変わっていない。
その変化の差、ギャップがいいと言う者も居ればあの美しい容姿がいいと言う者、他人の事情など構わないわがままさがいいと言う者、様々な理由で多くの者から慕われていたのを思い出す。
「じゃあ、イトコさんに会った後さ、チョコチップ公園行ってポップコーン食べようよ」
「何、イトコって」
「ケイには関係なーい」
「は?レン、何だよ」
「この後下のラウンジでイトコと会うって話」
「あーレンちゃん教えちゃった」
「どうせ分かるよ」
「ジュン、お前ついてく気だろ」
「レンちゃんがいいって言ってくれたもんね」
「んじゃ俺らもいいよな、レン」
「どうぞ」この双子もジュンと同じだと思ったレンはあっさりと承諾した。
会の間もこんな感じで喋っていたせいで周りから煩いと散々言われた。
B、C、Dの3地区以外の代表はマオと同じく、いきなり中立宣言などしたレンを快く思っていないようだった。しかしケイとカイそしてジュンがレンと親しくしているのを見てマオの様にあからさまな態度を取る者はいない。地区同士は互いに対抗する立場で勢力も似たような物なのだが、どこにでも付きまとう上下関係はここにもあり、B~E地区は4凶と言われ互いに4地区相手の時以外は負けた事がなかった。
なのでその内の2地区と親しいとなると下手に手を出せば自分の方が危なくなるとふんでいるのだ。
会が終り、さっさとレン達が出ていくと他の者達の緊張が和らいだ。
「お前、レンと構えるつもりか?」まだ席を立っていなかったマオにリクが問う。
「さあな。ただムカつくってだけだ」
「今日初めてだろ?話したの。それで何でいきなりムカつくんだよ」
「知らねえ」
「・・・どういうつもりかは知らないが、今日のアレは言い過ぎだ。大体身体の事は関係ないだろ」溜め息をついたリクが諌めるように言う。
「うっせえな」言って睨み付ける。
「詫びくらい入れてもいいと思うぜ?俺は」そう言いながら、学生時代同じ様な事を言われているレンを見掛けた時の事を思い出していた。
相手の放った心無い言葉に大きな瞳が揺れて泣き出すのかと思ったが、すぐに平然とした顔になった。そしてレンが言い返す前に、その相手はレンの周りにいた者達に取り囲まれて非難されていた。
横にいた友人は「さすが”レン様”、強いねえ」と言っていたがリクは少し違う印象を受けた。
多分傷ついている。けれどもそれを強引に切り替えてしまった様な-・・・。
その時の自分は酷い事を言うなと眉を顰めるに留まり、何か行動するようといった事はなかった。ただレンの表情の変化がしばらく頭から離れなかった。
しかし今、胸が妙にざわつくのは間近で見たからか、暴言を吐いたのが知り合いだからだろうか?
知らずマオをに向ける眼差しが冷ややかなものになっている。それを受けてか「どこに居るんだよ、アイツ」とマオが立ち上がる。

そうしてレン達の居るラウンジに来たリクとマオ。
「さっきは言い過ぎた。悪かった」ボソリと謝るマオはリクに言われたというのも手伝ったが、自分でも失言だったと思っていたようだ。意外そうにマオを見つめていたレンだが嫌った相手にも頭を下げられる潔さを認め、もう気にしていないと言った。そして何故かリクとマオもその場に留まる。半円形のソファに向かって左からリク、ジュン、レン、カイ、ケイ、マオの順に座る。
そこへレンの従兄弟、ツカサが現れた。
「ツカサ」手を振って呼び掛けるその相手に自然と皆の視線が集まる。側まで歩いて来たツカサが皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「よお。大人しいのは食い飽きたみたいだな」レンに対して好感を抱いていないのがすぐに分かった。レンにとってはいつもの事である。
「ああ、違うの。彼らはそんなんじゃないから気にしないで?」笑って返す。「それより、ソウちゃんに聞くなんて水くさくない?直接言ってくれればいいのに」この年下の従兄弟には、嫌がられると分かっていても何故かからかいたくなってしまう。わざとらしく、可愛げを装って言ってやると案の定、の反応が返って来た。
「分かってるくせに言うなよ。そういう所が嫌なんだよ」眉間に皺を寄せたツカサが言う。
「知ってる」ニッコリと笑うと腹立たし気に眉を跳ね上げるツカサ。5人の男は黙ってレンとツカサのやり取りを見ていた。
「チッ。早く渡せよ。ソウ兄と違って俺はお前のお遊びに付き合うつもりはねえ」そう言われると出し惜しみしたくなる。ゆっくりとした動きで金属性のカードを取り出したレンは指に挟んだそれをヒラヒラと振って見せた。
「コレ、一応極秘扱いなんだよね。いくらツカサのかわいいサクラちゃんの為とはいえ、そう簡単には渡せないシロモノなんだけど?」サクラはツカサが幼稚園の頃から想いを寄せている男の子だ。
「お前、何でサクラの」
「それくらい分かるでしょ。電話するのも嫌なくらいキライな’レン’に会ってでも欲しいモノなんてサクラちゃんの為以外にないんじゃない?」
「・・・」図星だった様で言葉を詰まらせたツカサは、レンを見据えた後勢い良く頭を下げた。
「頼む。それが必要なんだ。渡してくれ」
物分かりがいいね、と心中で呟いたレンは笑みを深める。カードをテーブルの上に置き、スッとツカサの前に差し出した。
当然、ツカサは顔を上げてそれを取ろうとしたがレンはカードから指を離さなかった。
まだ、何か忘れてるんじゃない?と言う様に指先でトントンとカードを叩いてみせる。
レンの意図を理解したのだろう、ぐっと歯を食いしばったツカサが絞り出す様な声で言った。
「・・・ありがとう、レン」それを聞いて漸く指を離す。
「どういたしまして」他の者なら見惚れる笑顔を作って見せた。
ツカサは素早くカードを取って懐に入れ物が手に入れば用はない、とばかりに踵を返す。その背中に「またいつでも言ってね?」と声を掛ける。
ツカサは2度とごめんだとでも思っているのかもしれないが一応手を軽く挙げて見せ、歩いて行った。


レンは飲み掛けのグラスに手を伸ばし、ジュースを飲む。ジュンはツカサが立ち去った方を少しの間見た後に素朴な疑問を口にする。
「イトコのツカサくんが欲しかったのって何?」グラスを再びテーブルに置いたレンがジュンを見る。
「ハニーって知ってる?」
「あのバーチャル歌姫?」
「そ 。あれの裏コードがあって、男の子バージョンが見られるようになるの。ツカサの好きな子がファンだからプレゼントしたかったみたい」
「へえー」と頷くが「でも何でレンちゃんがそんなもの持ってるの?」と新たな疑問を口にした。
それに答えたのはレンではなく「役員だろ?ハニーの会社の」と言ったリクだった。そういう話もパーティやらで耳に入って来るらしい。
「そういや顔似てるよな」ケイがまじまじとレンを見つめる。
「そりゃあね。オレの顔が元だもん」
「マジ?」今度は全員がレンの顔を見た。
「そうなんだぁ。でもレンちゃんの方がずっと可愛いよね」とジュンが真顔で言うので照れくさくなり「もうー。おだてても何も出ないよ?」と笑いながら肩を押す。と、不意にレンの携帯電話が着信を知らせた。
『レン~。どういう事なんだ?』レンが通話ボタンを押すと同時に悲しそうな男の顔がアップで迫る。
「おじ様?どうしたの?」レンがおじ様と呼ぶ相手はシヅキ当主、イチヤだ。突然の電話に突然の質問、訳が分からず戸惑うレン。後ろの席で待機していた3人娘がレンの背後に来る。
『ガールズ、何の為に君達を探し出したと思っているんだ?』落ち着いた口調ではあるが怒りを孕んでいるのが容易に察せられた。最初に3人娘を探して雇い入れたのはイチヤだが、現在はレンが直接雇用している。なのでイチヤに彼女達を責める権利はないのだが、彼の力を持ってすればその辺の所はどうとでも出来るのだ。
レンもそれは十分承知していて「待って。おじ様、何の事か最初から話して?ね?」と自分の顔だけが映る様に携帯電話を持ち、宥める様に優しい声音でお願いする。すると途端に情けない顔をしていじけた口調で言った。
『だってー、ツカサのヤツがレンに彼氏がいるって写真送って来るんだよー?おじ様、驚きのあまり心臓が飛び出すかと思ったよ』イチヤの言葉を聞いたカイがボソリと言う。
「あーやっぱ写真撮ってたんだな」
「え?写真てさっき?」
「うん。俺ピースしたよー」とピースをするジュン。 途端にイチヤの表情が変わる。『もしかして、今そこに居るのか?写真の奴らが』
「い」ないと言おうとしたレンの横から「ますよー」と呑気にジュンが言った。
するとカイがレンの肩に手を回してゆっくり撫でる。完全に面白がっている。カイの手を即座に払い落とし「いるけどね、彼氏じゃないよ?」とどうにか誤解を解こうとするが『レン、なのに替わってくれるかい?』と笑顔で言われる。なの達に何かをさせるつもりだろう。キュッとレンの唇が引き締まる。
普段のイチヤは優しいし、楽しいので好きだが”こういう時”は少々厄介だ。横にいる面々を庇い立てするつもりはないが、イチヤに動かれると大事になるのは目に見えているし、色々と面倒なのも経験済だ。
小さく息を吐いた後、イチヤには見えない様に後ろの3人娘に指で指示を出す。りのがどこかへ電話を掛け始めた。そして自分はとびきりの甘い声でイチヤに話し掛ける。その甘い声に驚いたのか男達の視線がレンに向けられたが、今はそれを感じる余裕はない。
「おじ様、”レン”の言う事、信じてくれないの?」拗ねた表情をしてみせるとイチヤは焦り出す。普段は”オレ”だが、甘える時やねだる時または拗ねた時には1人称が”レン”になる。
『まさか、レンの事は宇宙1信じているよ?』
「じゃあ何でなのに替わってなんて言うの?レンが言った事が本当か確めようとしてるんじゃないの?」確めるだけ、なんて甘い事はないだろうが敢えてそう言い切る。
そして携帯を持ち上げ、上目遣いになるようにした。イチヤがこの角度に弱いのを知っていての行動だ。
あざとい、しかしそれを上回る可愛らしさにイチヤは眩しそうに目を細めた。
『そんな事ないさ』
「本当?」
『ああ』
「じゃあなのに替わらなくてもいいよね?」
『・・・』多分、レンの言っている事は本当だろうと分かってはいる。しかし、イチヤにしてみればレンに懸想する可能性がある輩は皆危険人物なのだ。手を打つのに早すぎる事などない。
対してレンはイチヤがすぐに答えないのを見てとると寂しそうに言う。
「そっか、おじ様信じてないんだね。レンの事」大きな瞳を潤ませる。
『レ、レン。違うんだよ』狼狽えるイチヤ。
「この間は断ったけど、旅行、行ってもいいかなって思ってたのに」目を伏せると長い睫毛が震えていた。
『え?ほ、本当かい?』イチヤの顔が明るく晴れる。
「うん。2人きり、だったよね?」2人きりを強調して言う。
『ああ』ブンブンと音がしそうな勢いで首を縦に振る。
「でも」チラリと視線を向け「レンの事信じてくれないんじゃ、レン、悲しくて旅行なんか行けない」スン、と鼻を啜り上げる。
『分かった、分かったよ。おじ様が悪かった!お友達、なんだね?良かったじゃないか。学校卒業してからは遊ぶ友達がいなかったからなあ』慌てた様子で必死にレンを宥める。
「・・・ん」まだ鼻を啜りながら頷くレン。
『ああ、そうだ旅行に行くなら新しい服が要るな。靴もバッグも揃えよう。他には何か必要な物あるかい?』
「ブレスレット・・・この間虹色の水水晶が採れたって言ってたでしょ?あれでブレスレット作ったら綺麗かも」商品にして売ればかなりの値がつく希少な宝石だ。しかしイチヤは『ああ、そうだな。レンの腕に飾れば映えるな。急いで作らせるよ』と即答した。
「ありがとう。おじ様大好き」漸く笑顔を見せる。
『ああ、私も愛しているよ。ではブレスレットが出来たら旅行に行こう。楽しみだよ』すっかりホクホク笑顔になったイチヤ。
「うん。じゃあね、おじ様」笑顔で電話を切ったレンは大きく息を吐いた。
「レン様、りんか様、明日お会い出来るそうです」先程電話をしていたりのが報告する。
「分かった。ありがとう」りんかはイチヤの妻でレンの父親の妹だ。旅行の件で断りを入れるべく会う約束を取り付けさせていたのだ。イチヤがレンを必要以上に甘やかし構うのをりんかは苦笑しつつも容認している。しかし2人きりでの旅行となるとさすがにいい気はしないのではないかと誘われる度に断っていたのだが今回、イチヤを抑える為に咄嗟に切り札として切ってしまった。ぐったりと後ろに凭れ掛かるレン。
一部始終を見ていた男達は親類の子と叔父というより、「援交」「キャバクラ」「愛人」等の印象を受けたが誰も口にしなかった。
「ああ、嫌な予感がする」左手で目を覆ったレンが呟く。イチヤに送ったという事は多分―。
案の定、再び携帯電話が鳴った。ジュンとカイに「今度は何も言わないでよ?」と釘を刺してからそれを手に取った。
眉根を寄せて、画面から浮かび上がった従兄弟、ソウの顔を見つめる。
横では「おおー。イケメンだー」とジュンが言うとマオがよく見える様に身を乗り出した。
「ソウちゃん?まさかツカサからメール来たの?」
『え?うん』渋い表情をしていたソウだが先にレンから言われたので拍子抜けしたような顔になる。
「あれ、違うからね?言ってたでしょ?地区代表の事。彼らはその他の地区代表なの」先手必勝とばかりに続けて説明してしまう。
『そうか・・何でもないならいいんだ』少し安堵した様な顔になるソウを見てこのまま押し通せると思った。
もう一押し、と「ツカサってばおじ様にも写真送るから大変だったんだよ?」テーブルに頬杖をついて唇を尖らせる。それを見たソウの顔が和む。
良かった、大丈夫そう。 と小さく息を吐く。
『でも、もし何かあったら言ってくれよ?』いつも自分を気遣ってくれる兄の様な優しい従兄弟に心配させまいとニコニコして言った。
「大丈夫だよ。ソウちゃん。むしろココでは嫌われてるくらいなんだよ?余計な事したって」
『冗談だろ?』途端に心配そうな表情を浮かべるソウを見て余計な一言だったかなと思うと同時に、横からジュンに肩を抱かれる。
「あ、俺はレンちゃん可愛いから好きですー。友達だしね?レンちゃん♡」ソウの表情が一変した。
『ぁあ?』低音でジュンを睨め付ける彼のこめかみに血管が浮いている。普段は落ち着いて見えるソウだが喧嘩っ早い一面もあり、レンが絡むとなるとそれは更に加速する。イチヤを宥めたばかりなのにソウまで宥める羽目に陥るのは避けたい。しかし今度はケイが「俺らも嫌っちゃいねーぜ?むしろ興味津々?」と言いカイがヒョイとレンを自分の膝の上に横抱きにする。ケイが細い脚をするりと撫で、カイはレンの首筋に鼻を寄せて匂いを嗅ぎ、上唇を舐める。
『・・・』無言だが怒りが沸々と煮えたぎっているのが伝わって来る。平穏に終わらせられそうだったのが一気に不穏になる。
「ちょっと、ふざけるのやめてよ」カイの顔をぐいっと押し退け、足をバタつかせるが2人はびくともしない。
「ソウちゃん、ただの悪フザけだからね?」と言ってみるが既にソウの怒りは沸点を超えているようだ。
そこへ今まで静観を決め込んでいたリクがため息を吐いて「下ろしてやれよ。度が過ぎるぞ」と言った。それを聞いてカイはレンを元の場所に座らせる。
しかし当然ソウの怒りは収まる筈もなく『レン、そこどこだ?』と低い声音で言った。ここまでになるとレンでも抑えられないかもしれない。本気でレン達の所へ来るつもりだろう。
「ソウちゃん、ちょっと待って?ね?」分が悪いのは承知で何とか宥めようと声を掛けると『大丈夫や。俺がついとる』横からソウの肩を抱き寄せ、ソウの恋人であるアキが言った。
マオが「オトコいんのかよ」とつまらなさそうに呟いた。
「よかった。アッキーいてくれたんだ」レンは安堵の息を洩らした。
『ソウの事は任せとき』ソウの事を何よりも大事にしているアキならば心配はないと頷きを返す。
『レンちゃんも、もし困った事あったら言うてな?あと、』ふっとアキの表情が変わり、レンの周りの男達に視線を向ける。ピリッと空気が張り詰め、男達の表情も変化した。今までに見たことがない表情だ。
『兄ちゃんら、レンちゃんにあんまりおイタしたらアカンで?心配性のお兄ちゃんが居るからな』ソウの頭を撫でる。ソウはアキの横顔に見とれていた。
 相変わらず、仲良くていいな。他人が羨むを通り越して呆れる程の熱々カップルの2人をレンは微笑んで見つめる。しかし周りの男達はそんな微笑ましさからは程遠かった。
『過ぎたマネしよったら、お兄ちゃんの代わりに俺がお仕置きすんで?』獰猛な色を宿した瞳で男達を一瞥したアキは何事も無かったかのように元の表情に戻るとレンに笑い掛けた。
『ほな、何かあったら言うといでや』
「うん、ありがとう。それじゃ、またね」2人に手を振ってレンは電話を切った。気が緩んだレンの周りの空気はまだピリピリと張り詰めている。
「さすが、レンの従兄弟だな大物食いじゃん」先程のアキと同じ様な眼をしたケイが笑う。
「何、さすがって。余計な事しないでって言ったよね?」双子とジュンを交互に睨む。ジュンは既にいつもと同じに戻っていて、甘えるようにレンにしなだれかかった。
「ごめんねー。レンちゃん、つい魔がさしちゃって」
「だったらお前年中魔がさしてんだな」ぐい、とレンを引き寄せてカイが言う。また2人の言い争いが始まりそうな所で何か考え事をしていたリクがレンに聞いた。
「アッキーってアキだよな?」
「そうだよ」
「じゃあやっぱりあの、”アキ”か」
「?アッキーの事知ってるの?」
「噂だけどな、この星出身の半端なしに強いヤツがいるって他所の星の知り合いから聞いた。その男の名前がアキだ」確かにアキは以前他所の星を転々としていたと言っていたのを思い出す。
「ここ以上の荒れた地域であっと言う間に天辺取ったらしい。けど売られた喧嘩を買っただけだとか言ってさっさと降りたって話だ」
「あーいるよな。強いクセに興味ねえとかいうヤツ」カイがレンにへばりついているジュンの頭を押し退けながら言った。
「あんな眼、するのになー」カイの手を握って自分の頭から引き剥がすジュン。間に挟まれたレンがいい加減にして、と言いかけたその時、いつの間にかレンの前に立っていたマオに手首を掴まれ立たされる。
「紹介、してくれよ。そのアッキーに」まだ獣の様な眼をしたマオがレンに言った。喧嘩事に疎いレンでもマオがアキに喧嘩を吹っ掛けるつもりなのは言われなくても判る。
「ダメ。アッキーとソウちゃんは今とっても幸せなんだから、邪魔させない」その眼を真っ直ぐに見据えてレンが言う。補食する獲物を見るように眼を細めたマオが唇の片端を上げ、鼻で嗤う。
「へえ。どうやって?こんな細い手で何が出来るんだよ」掴んだままの手首をきつく捻り上げる。
「っ・・・いいから」既にマオの背後に回り込んでいたりのとののを、苦しそうに眉根を寄せながらも制止する。
「自分の身も助けがないと守れないクセに、他人の何を守れるんだよ」苛立ちを露にしたマオが言い放つ。
「確かに、オレ自身には力はないよ?けど他の人の力は使える。それだってオレの力だよ」生まれてこの方、こんな乱暴な扱いを受けたことがないレンにとって腕の痛みはかなり堪えた。しかし、苦痛に顔をしかめても声は上げない。
手首だけでなく身体中の骨まで折ってしまえそうなくらい細くて弱そうなくせに怯まない。それが余計にマオを苛つかせ、その細腕にギリギリと更に負荷をかける。
痛みのあまり、レンの額に汗が滲むが強い意志を宿したままの瞳でマオを見据える。
側で見ているりのとののの方が声を上げた。
「レン様!お願いですからっ」青ざめた顔でりのが言う。
「レンさま・・やめてください」ののは今にも泣きそうだ。
唇を噛んだレンが首を横に振る。
「折りたいなら・・折れば?その代わり、2人に、何もしないって約束して」所々息を詰まらせて言うが、絶対に譲らないという強い意志の力はより強くレンの瞳を輝かせる。
それを見たマオは背筋がゾクリとして息を呑んだ。
「こんなモン折ってもしょうがねえだろ」ぼそりと言ってレンの身体を乱暴に突き放す。立ち上がって今までのやり取りを見守っていたジュン達がその身体を受け止める。
レンとマオが離れた瞬間にりのとののが背後からマオを突き倒した。りのが素早く両腕を腰の上で押さえ脚で踏みつけ、ののが長剣を項にあてがう。
「レン様っ」なのがレンの手首に異状がないか確認する。握られた箇所が赤くなっている。折れてはいないが動かすと痛む様なので少し捻っているようだ。既に用意していた氷水入りのビニール袋を痛む箇所に当てる。
「レン様、許可を」俯いたなのが震える声で言う。
「ダメ。これくらい大丈夫だよ」ヨシヨシとなのの頭を撫でる。
「りの、のの放してあげて」
「しかし・・・」りのが躊躇し、ののは首を振る。そんな2人に優しく微笑むと
「いいから、ごめんね?心配させて」手招きした。2人はレンの元へ駆け寄り抱き付く。
マオがのそりと起き上がると目の前に4人が立っていた。
「外、出ようか」笑みを消したジュンが言う。
4人はマオを引き連れてホテルの裏に出る。形はどうあれ先のやりとりをレンとマオの勝負だと思った彼等は静観していたのだ。
「売ったケンカで負けるなんてな」ケイがニヤニヤとマオを見る。
「何がそんな気に入らねんだよ」カイは眉間に皺を寄せている。
リクは何も言わずただ見ている。
3方壁に囲まれた行き止まりまで来るとマオを壁側に追いやったジュンが顔を覗き込む。「俺、引っ込んでろって言ったよね。意味解んなかった?」
「・・・」
「レンに突っ掛かるんなら俺が相手してやってもいいぜ?」1歩引いた所に立つカイが真正面から見据える。
マオはアホらしと呟いて吐き捨てる様に言った。
「お前らの方がどうかしてんだろ。いつもみたいにとっととヤれよ。妙なご機嫌取りしやがって、命狙われるかもってビビってんのかよ」
「それが勘違いだって言ってんだよ」胸ぐらを掴んだジュンがマオを壁に押し付ける。「ヤるとかヤらないとか俺はどうでもいんだよ」その言葉に驚いた顔をするリクとケイ。
「お前、まさかマジになってんのかよ。ダッセえ」マオが嘲笑う。
その顔の真横にダン、とカイが手を突く。予想外の行動を取るカイを驚きに目を見開いてケイが見つめる。
「おいおい、お前までマジなワケ?」馬鹿にした様にマオが言う。
「ああ?知るかよ。お前が要らねえ事すると邪魔なんだよ」
「はっ。それこそ知るか。お前らの都合で動くつもりはねえ」間近で睨み付けながらカイが宣告する。
「・・・んじゃ次、レンに手ぇ出したらお前もお前の地区も潰す」
「上等、やってみろよ」暫く睨み合った後、カイが踵を返し歩き始める。その後をケイが追う。
「俺は地区はいい。けど、マオは許さないよ」そう言ったジュンは笑っていたが、いつもの明るい笑みとは全く別の狂暴な色を滲ませていた。
「手、1本なんかで済まされないからね」胸ぐらを掴んでいた手を離すとレンの所へ戻って行く。
残されたのはリクとマオ。

「さっき謝ったばかりだろうが」呆れ顔のリク。
「うるせえ」視線を逸らすマオ。
「生理的に受け付けないってならもう関わるな。お前はレンには勝てない」
「はあ?」顔を寄せて睨め付ける。「フザケんな。あんなヒョロイのに負けるかよ」
「腕力ではな、精神力では多分負ける」淡々と述べるリクの胸ぐらをマオが掴む。しかしリクは動じずに言い放つ。
「お前も何か感じ取ったんだろ?だから放したんだ、レンの手を」
「違う、あんな簡単に折れるモノ折ってもつまんねえからだよっ」
ふう、と息を吐いてマオの手を放させ「頭を冷やしてよく考えてみるんだな」と言うとマオを残して立ち去った。
1人になったマオが拳を壁に叩き付ける。
「ムカつく」マオにとってリク、ジュン、双子は他の地区の代表とは少し違っていた。よき好敵手といった所か、互角に渡り合える者同士として認め合っている。
そんな彼らがレンが現れてから何やら浮き足立っているのを見ていて無性に腹立たしく思ったのだ。
自分も含め、地区分けだ何だで好んで闘う奴らはその衝動に比例してか性的な欲求も強い傾向にある。ジュンも双子もその欲求を満たせる相手が沢山いる。ジュンは皆大事な友達とか言うが単なるセフレで、双子に到っては本当にそのままの扱いだ。つまりまともに”付き合う”相手などいないし作る気もない。気に入ったらヤる、そんな感じだ。
だからレンに興味を持った時もすぐに手を出して、それで終いだとマオは思っていたのだ。
マオには性別の事を差し引いてもレンが魅力的には写らない、興味も湧かない。しかし彼らはそんなレンに尻尾を振ってじゃれいて、まるで主人のご機嫌伺いをする犬の様だと思った。
「ダッせえ」
―アイツが来てからおかしくなってる。アイツのせいだ。
マオは拳を握り締め、足早に立ち去った。

07