ソウ③

 

リオの事件から数週間経ち、平穏な日常を過ごしていた。
事件後、アキとの関係は変わりなかったが、自分の心情が変わった事にソウは困っていた。アキと居ると胸がドキドキしたりして苦しいのだ。初な少年ではないのでそれが何を意味するかくらいは分かっている。
好きなんだ。アキの事を。
だが、どうしたら良いのか分からずにいた。ツカサやレンにはとにかく告白しろ、と言われそうなので相談出来ない。
ソウにとってはそう簡単には踏み出せないのだ。今まで恋愛対象が女性だった自分にしてみれば男性との恋愛は未知の世界だ。足を踏み入れれば自分が自分でなくなってしまう様な不安がある。それにこの変化が事件の後だという事も引っ掛かっていた。危険な状況に置かれると恋に落ちやすいという説がある。自分の状態はそれに当てはまるのではないか、と。助けてくれたアキ、を好きだと勘違いしているのであってアキ自身を好きな訳ではないのでは?とソウは思う。 唯一の救いはアキの仕事が忙しくてあまり会えていないという事だった。会えないとやたらと寂しいのだが、会ってずっとドキドキする羽目に陥るよりは有り難かった。

「先輩、最近また感じ変わりましたね」昼休み、食欲がないので昼食は摂らずに休憩室で寝転ぶソウに後輩のナオが言った。
「へー」もう好きに言わせておけ、と思っているので気のない返事をした。
「綺麗になったなーって。やっぱ恋の力ってスゴいっすねー」
「何だよそれ」呆れるソウにナオが近付いてきて耳打ちする。
「もう、ヤッたんですか?アキさんと」
「はああっ!?」跳ね起きたソウとナオの頭がぶつかる。
「いって~!!」額を押さえて蹲るナオの胸ぐらを掴んで揺さぶる。
「ナオ!てめえ、ふざけんなよっ」
「いや、だって急に綺麗になったらそう思うっしょ?」
「思わない!!お前だけだ」乱暴にナオを突き放すと外の空気を吸いに出て行った。
ヤるって、アキと?
顔が熱い。休憩室の外壁に額をぶつける。男同士がどういう風に”する”のか全く知らない訳ではないが、自分がそうなる所は想像出来なかった。

昼休みに余計なエネルギーを消費したせいか仕事が終るといつもよりも疲れを感じた。重い足取りで帰路に着くソウに後ろから声が掛かる。
振り返らなくても分かる、アキだ。心拍数が上がる。
「アキ、どうしたんだ?」今日も仕事が遅いからと約束はしていなかった。
「今日は早よ終れたから、迎えに来たんや」嬉しそうな笑顔。
ダメだ。直視出来ない。
「そ、そうか」ぎこちない笑みを返した後視線を反らすソウを近付いてきたアキが抱き締める。
「何やごっつい久しぶりな気ぃするわ」
心臓が爆発しそうな気がするよ、俺は。
それでもアキの腕の中は居心地が良かった。
「ちょっと痩せたんちゃうか?」
「気のせいだよ」食欲はないが全く食べない訳ではないので、そんなに急激に痩せたりはしないだろう。
「あんま食べてへんな?あかんで。仕事しとる者はしっかり食べな」ソウの顔を覗き込みながら言ったアキはわしゃわしゃと頭を撫でた。
「よっしゃ今日は美味いモンぎょうさん作ったるわ」と言ってソウの手を引き、家へと向かった。

アキの仕事の合間に外で会う事が多かったので、アキの家へ来るのは久しぶりに思えた。
「先、風呂入ってき。その間に作るから」アキに言われて風呂に入りながら初めて会った日に一緒に入ったのを思い出す。先にソウが入っていた所へアキが来たのだ。しかしそれ以来、ソウが嫌がると分かっていたのか一緒に入浴する事はなかった。
今更だが全部見られているのだ。あの時は何も思わなかった事が、今はとてつもなく恥ずかしい。冷水のシャワーを頭から被り、風呂を出る。リビングのソファに腰掛け、テレビをつけたが内容は全く頭に入って来なかった。

「どっか具合悪いんか?」料理が出来上がって食べ始めたのだが、あまり食が進まないソウを心配してアキが言った。
「いや、元気だぞ?」笑顔で答えてみせる。
「せやけど何か今日様子おかしいで?」
「本当に、大丈夫だって」精一杯笑ってみせるソウの顔をじっと見つめた後、「それやったらええ」と一応納得した。
本当は味わう余裕などないのだが、せっかく作ってくれた物を残すわけにもいかず、どうにかこうにかして食べきった。

いつの間にかアキが料理を作って、ソウが片付ける、というのが自然な流れになっていた。当然、今日も後片付けをする。
「おいで」それが終ったのを見てとったアキがリビングから呼ぶ。
「・・・」側へ行くとまたドキドキしなければならないのだが、断るときっと変に思われる。
「ここ、座り」ラグの上、カウチを背凭れにして座るアキが自分の前を指差す。
隣じゃなくて?と思いながらアキに背を向けた状態で前に座った。と同時に抱き締められる。必死に平常心を保とうとするソウの耳元でアキが囁く。
「なあ、この間の続き、せえへん?」
「つづ、き?」他事を考える余裕などないソウは、アキが何を言っているのか分からなかった。
「何でもない、チュウ」
その一言で思い出す。”挨拶”以外のキスが嫌かどうか、を試した事を。
絶対、無理だ。
思わず首を振る。
「嫌なんか?」嫌ではないが困りはする。
「も、もう分かったから、この間ので」
「・・こっち向こか」ソウの向きを変えさせて、向かい合わせで座る。
「で?どないやった?」間近で見つめられ、早鐘の様に打ち続けている鼓動が更に速まる。
「嫌、じゃなかったよ」
「せやったら、も1回してもええやん」
「いや、それはダメだ」
「何でや。言うてる事おかしないか?」
「おかしくない。とにかくダメなんだっ」
分かってるよ。支離滅裂だって。でも、今またあんなキスされたらきっとどうにかなってしまう。
溜息を吐いたアキが頭を撫でる。
「なあ、ホンマにどこも悪ないんか?隠さんと言うてみ?」
「大丈夫、だから」
「大体、大丈夫やないヤツが大丈夫やて言うんやけどな」
「俺は、本当にっ・・」ぎゅっと抱き締められ、あやすように背中を優しく撫でられた。
「俺に、何か気ぃ使てるんやったら要らんで?そんなもん」
「っ・・・」締め付けられる様な胸の苦しさに言葉が出て来ない。厚い胸に擦り付ける様に頭を振った。アキも何も言わずに背中を撫で続ける。最初の頃は頭を撫でられたり、あやすように抱き締めて背中を撫でられるのは子供扱いされているようで嫌だった。しかも相手は自分よりも年下となると尚更に。
いつからだろう、そういうの気にしなくなったのは。嫌だと思わなくなったのは。少し落ち着いた頭の中でそんな事を考える。
今はこうしてるのは好きだ。ドキドキはするけどずっとこのままでいたいと思うから。
無意識にアキの背中に回していた手に、きゅっと力が入った。それを感じ取ったアキの唇に笑みが浮かぶ。愛しくてたまらない、といった様子でソウの髪に口付けた。
優しい沈黙が支配していた空間に、突如玄関のチャイムが鳴り響く。チラリと時計を見たアキは無視する事に決めたようで動こうとはしなかった。それにほっとするソウ。少しでも長く、こうしていたいと思った。
しかし、それは叶わない。
ドアを叩きながら「アキー。居るんでしょ~?」と言う声を聞いたアキが「ちょぉゴメン」と腕を解いて玄関へ行ってしまったのだ。来客が来て玄関へ行った、それだけの事なのに取り残された様な寂しさを覚える。そしてその来客は帰る気配がなく、暫くして中へ入って来た。背の高い、すらりとした美女だった。
「ごめんなさいね。突然お邪魔しちゃって」長い巻き髪を掻き上げてその美女は言った。
「・・いえ」
「ゴメンな。こいつ、ルイいうて俺のダチみたいなモンでな今日泊まるとこ無いて押し掛けて来よったんや」その後の話によると、ルイはアキが転々としていた星の内の一つに住んでいて今回は観光でこの星に来たのだが、急な旅行だったのでホテルが取れなかったという事だった。
「それで、アキがここに住んでる事思い出して泊めてもらおうかなって」明るく笑うルイ。以前のソウだったらこの魅力的な美女に食指を動かされない筈はないのだが、今はモヤモヤと胸の中で渦巻くモノに耐えるので精一杯だった。
「それと、もしかしたら、あなたに会えるかもって思って」
「え、俺に?」意外な言葉に戸惑う。
「なつきに自慢されちゃってね。アキのマイスウィートの写真ゲットしたーって」
なつきって確か人買い・・じゃなくて派遣会社の人だったなと数週間前の記憶を辿る。
「だから、私は会っちゃおうって思って~」
「そんな自慢合戦みたいなもんに俺のモン、巻き込まんといてくれるか」呆れ顔でアキが言う。
「やだ、アキってば。俺のモンだって」
それから暫くはソウの知らない、昔の話や友達の話で盛り上がっていた。
アキに過去があり友達があるのは当然で、それを付き合いの短い自分が知らないのも当然で、理屈ではそう分かっている。けれども自分の知らないアキを見せつけられているようでモヤモヤは一層濃くなった。
「あ。アキー。アレないの?アレ。久しぶりに食べたいんだけど」
「ん?アレか。今ないわ。材料もないし」
「ええー。食べたい~」甘えたルイの声。
アレだけで通じるくらい長く一緒に過ごしていたのか、2人の親密さと素直に甘えられるルイを羨ましく思う。
「しゃーない、ちょお買うて来るわ」渋々だが嫌そうではないアキの様子に今度は胸が焼けつく様な気がした。
「あ、俺が行って来るよ」ルイと2人きりで残されても困ると思ったソウが立ち上がる。
「ええて。風呂入ってんのに外出たら風邪引くやろ?」ヨシヨシと頭を撫でるアキ。
「すぐ戻るし」と言ってアキは出て行ってしまう。2人きりになってしまい、どうしようかと思うソウにルイが内緒話でもするように言った。
「アキの相手するの大変でしょ?」
「はあ・・」今一つ何を言っているのか分からないので曖昧な返事になる。
「アキって激しい上にスタミナ半端ないし、アレも極太でさ」
「あ!いや、違っ」ルイの言っている事を理解したソウが顔を真っ赤にする。「その・・俺とアキはまだ・・・」
「ええっ!?まだしてないの?ウソ~」
「そもそも俺達付き合ってるわけじゃなくて」
「まさかアキの片想い?」ルイは信じられないといった顔をした。
「アキが好きな子相手に我慢してるなんて」独り言の様に呟く。
「アキって割りと強引でしょ?好きだと思ったらさガンガン攻めてってさあ。まあ男としては申し分ないくらいいい男だから、そんな男にアタックされて悪い気しないし。多少強引にいっちゃっても皆その気になっちゃうワケ」そこまで一気に言ったルイは頬杖をついた。
「それがまだ何にもしてないとはさぁ」
「何にもってわけじゃ・・・」
「何?どこまではしたの?」テーブルに身を乗り出して来るルイから逃げる様に体を後ろへ退いた。
「キスまでは」ボソリと答える。
「ええーっ!?キスしたのにそれ以上進んでないの?」気が抜けた様にストンと椅子に座る。
「よく我慢したなあ。あの、アキが。ていうかさ、ソウ君は何も感じなかったの?」組んだ指の上に顎を乗せたルイが聞いた。
「それは・・・」答えに詰まる。
「アキってキス上手いでしょ?キスまでいったら皆とろけちゃってメロメロになるんだけどな」
「俺は今まで女の子としかした事ないから。男とはよく分からないっていうか」自分でも何を言っているのかよく分からなかった。そんなソウをじっと見つめるルイ。
「まあソウ君にも事情はあるだろうけどさ、何か、アキ可哀想」
「何で」チクリと針に刺された様に胸が痛む。
「アキがソウ君の事好きなのちょっと見ただけでもすぐ分かるよ。だだ漏れだもんね。ラヴ光線みたいなの。隠すつもりもないんだろうけどさ。それはソウ君だって分かってるんでしょ?」
「ああ」
「好かれてるの分かってるのにさ、フるか付き合うか選択してないワケだよね?」
「それは・・まあ。そうだけど」色々あるのだが、今の話には関係ない気がして黙っていた。
「それってズルくない?」チクチクしていた胸がズキンと痛んだ。
「あの様子じゃ今更友達としてとかさ、無理だと思うよ?アキの事、恋愛対象として好きになれないんなら」一度言葉を切る。ソウを見据えたままの視線はどこか冷ややかだ。
「アキの側に居るべきじゃないと思う。無駄な期待抱かせないでさ、解放してやって欲しいな」
違う!
ガタッと立ち上がる。
「俺はっ」
「何?」揺るがないルイの視線とかち合う。テーブルについた手を握り締める。
アキにも言ってないのに彼女には言いたくない。
ぎゅっと唇を噛み締め、ダイニングを出る。玄関へ向かうソウの背中に「どこ行くのー?逃げちゃうワケー?」とルイの声が浴びせられたが構わず外へ飛び出した。一瞬、冷たい夜風に身震いしたが、足早に駅へと歩いて行った。

「おい。何か顔色悪いぞ?大丈夫か?」翌日、出勤したソウを見て先輩であるじんが声を掛けた。
「平気です。じんサン」昨日、帰る途中から寒気とだるさに襲われ、家に帰ってからもそれは治まらずに今朝に至る。アキから何度か着信があったが心身共に出られる余裕はなかった。おまけにルイに言われた事や自分が思っていた事などがぐるぐると頭の中で回り続けていたせいでろくに眠れていない。それでも家で居るとまたぐるぐるしてしまうので、少々体が辛くても仕事をしていたいのだ。黙々と石を掘り出す作業がソウは好きだった。形や純度の良い物が採れた時はとても嬉しい。今はもう何も考えずその嬉しさを味わいたかった。
「先輩、マジヤバいっすよ。フラフラじゃないですか、そんなんで中入れませんって」後から来たナオも止めようと腕を掴む。石が採れるのは迷路の様に枝分かれした洞窟内である。場所によってはかなりの高温多湿になる所もあり、弱っているソウに耐えられるとは思えない。
「いやだ・・」ナオの手を振り払おうとしたが、バランスを崩して倒れ込む。
「先輩っ」慌てて支えるナオ。
「誰か、上のに連絡してくれ!」じんが周囲に声を掛けた。この採石場の上役達がソウの親類なのは皆も知っている。すぐに上役に伝達された。

「ソウ兄!?」たまたま用があり出向いて来ていたツカサが駆け寄ってくる。側についていてくれたじんとナオに礼を言ってソウを抱き上げた。
「どうしたんだよ。何でこんな体で」足早に車まで運び、後部座席に寝かせた。
「アキのヤツ、何やってんだよ」言いながら携帯電話を取り出そうとしたツカサの手をソウが掴む。
「アキには、言わないで」苦しそうに息を詰まらせながら言ったが、掴んだ手を握る力は強かった。
「頼む、ツカサ・・・」熱が出ているのか頬を上気させ、瞳を潤ませたソウが懇願する。こんなに弱っている状態でも言うのだから余程の事情があるのだとツカサは思った。
「分かった。言わないから、休んでくれよ」それを聞いたソウは意識を手放した。

目を覚ますと、今にも泣き出しそうなレンの顔があった。
「ばかっばかっソウちゃんのばか~。死んじゃったらどうするの?」覆い被さってきたレンを抱き締める。
「そんなすぐには死なないって言いたいけどさ、結構ヤバかったんだぜ?」レンの横に居たらしい、ツカサが言った。
「ごめん・・・2人とも心配かけて」
あの後ツカサによってすぐに病院へ連れて行かれたのだが、3日間高熱が下がらず今朝になって漸く下がり始めたのだ。そして昼を回った今、目を覚ました所だった。起き上がろうとしたのだが、レンに押し戻される。
「ダメ、まだ寝てて。それに先生に診てもらわなくちゃ」くるりとツカサの方を向いたレンが「ツカサ、先生、呼んできて?」と当たり前の様に言った。
「はあ?何で俺が。お前が行けよ。つかコールで呼べよ」
「それだとすぐ来てくれないかもしれないでしょ?それにレンはソウちゃんの側にいてあげなくちゃ」ニッコリと笑顔で言われ、争うだけ無駄だと思い出したツカサは医師を呼びに行った。その後わざわざ呼んで来た医師による診察が済み、ソウの熱が大分下がった頃にレンが聞いてきた。
「ソウちゃん、何かあったんだよね?アッキーと」その名を聞いて胸の痛みがぶり返して来た。
「言ってねーよ。アイツには」不安そうなソウの視線を受けたツカサが答え、椅子をベッド脇に引き寄せるとどかりと座った。
「けど、理由くらいは聞かせてくれよ?アイツは俺にとっては友達なんだからさ」それは当然の要求だと思えたソウは頷き、今までの出来事とソウの気持ちを正直に伝えた。すると思っていた通りの反応が返って来た。
「そんなの、さっさと告っちゃえばよかったんだよ」とツカサが言えば「男とか理由とか関係ないよ。好きならそれでいいんじゃないの?」とレンが言った。
「しょうがないだろ?俺はツカサやレンみたいには出来ないんだから」殆ど拗ねる様に言ったソウをベッドに腰掛けているレンが抱き締めた。
「ゴメンね?好き勝手言って。ソウちゃん悩んでるのに」ヨシヨシと頭を撫でられる。アキとは違う感じだが、レンの優しさが伝わってくる。
「でもさ、実際、ソウ兄が悩んでる事って今のまま1人考えてたって解決しないだろ?」真剣な表情のツカサが言う。
「そりゃあ不安だらけだと思うぜ?でもアイツは、アキは、ソウ兄がどんな事しても言っても受け入れる。だから不安でも不満でもぶつけてやったらいいんだよ」ツカサの手が伸びてシーツの上に置かれたソウの手を優しくさすってから離れた。
「それにさ、ソウちゃん、イッコ勘違いしてると思うよ?」ソウの頬に手を添えたレンが微笑む。
「何の事だ?」
「さっきのソウちゃんの話だよ。ソウちゃん、アッキーが助けてくれたから好きになっちゃったんじゃないかって言ってたよね?」
「ああ」ソウが素直になれない理由の1つでもある。
「よく思い出してみて?それよりも前からアッキーの事好きになってたと思うよ?」
「え?」驚くソウを見て苦笑したツカサが口を挟む。
「それは俺も思ってた。アキにキスされて熱いとか、出張行く前に飯用意されてて胸キュンとか」頷いたレンも言った。
「そうそう。アッキーがいないとご飯美味しくなくて食べられないとか。恋患いだよー」
「そう言われれば・・」自分が意識したのが事件の後であって、実際はそれよりも前から始まっていたのだ。
「そうか、俺とっくにアキの事好きだったんだ」1つ、引っ掛かっていた事がなくなって少し胸がすっとした。
「ありがとう。ツカサ、レン」
『どういたしまして』ツカサとレンの声が重なり、3人が顔を見合わせて笑っている所へいきなりドアが勢いよく開き、アキが入ってきた。何も言わず、ツカツカと歩み寄ってくる。表情は完璧な無表情だった。
ー思わずツカサを見たソウに「マジで、言ってねえよ?俺」とツカサが必死で訴える。
「ツカサからは何も、聞いてへん」冷えた低音がアキの口から発せられる。これはダメだ、と思ったツカサは「じゃ、俺らはこれで」レンの袖を引っ張り、退散する事にした。レンも小さくソウに手を振って後に続く。
「ツカサ、また今度話しようや」視線で追う事もせずにアキが告げる。
「・・・ああ、またな」ドアの前でソウに頑張れと口パクをしてツカサがドアを閉めた。2人の足音が聞こえなくなるまで微動だにせずソウを見据えていたアキが「帰るで」と一言、言って手に持っていた毛布を巻き付けるとベッドからソウを抱き上げた。
「アキ、あの」
「話は帰ってからや」
「・・・」
完全に、怒っている。こういう時は、どう言っても聞いてもらえない。ソウは大人しく、連れ去られる事にした。

しかし怒っているくせに、扱いは丁寧なのが何だかアキらしいといえばらしくて、少しだけ可笑しかった。駐車場に停められたアキの車の後部座席にも毛布が敷かれていて、その上にそっと寝かされた。額に手首を当てて簡単に熱を確認した後、アキの運転で車が発進する。
そうして家に着くといつもソウが使っている客間ではなく、アキの寝室のベッドに寝かされた。体温計で正確に体温を計り、熱がぶり返していないのを確認するアキの顔をぼうっと見ていた。すぐに話が始まると思っていたが、アキは何も言わずに部屋を出て行った。
どうしてだろう?とベッドの中で首を傾げているとアキが戻って来た。手には小さな鍋が載ったトレイを持っている。ベッド脇に腰掛けるとソウを抱き起こし、背中にクッションを当てて支えるようにした。
「3日間何も食べてへんのやってな」静かな声で言ったアキは、小鍋の蓋を開ける。ほわりと湯気が立ち上り、いい匂いが広がる。中に入ったスープをスプーンで掬ってソウの口元へ運んだ。自分で食べられるのに。と思いつつも「いただきます」と言って口を開きスープを飲んだ。
優しい味だった。ソウの体を気遣って作ったのだろう。久しぶりに空腹を感じる。小鍋が空になるまでソウにスープを与え続けたアキは次に薬と水を手に取った。それを飲ませてしまうと、トレイを持ってまた部屋を出て行った。温かいスープのおかげでじんわりと体も温まってきた。
そのまま何も考えずぼんやりとしていると、再びアキが戻って来る。今度はボウルとタオルとケトルと着替え用の服を持っていた。サイドテーブルにボウルを置いて、ケトルから湯を注ぐ。その中に浸したタオルを絞ってソウの顔に当てた。ちょうど良い温かさに思わず目を瞑る。優しく顔全体を拭いた後、タオルをボウルに戻してパジャマのボタンに指を掛けた。
「あ、俺自分で」やると言いたかったが「あかん。じっとしとき」と遮られた。そう言う間にボタンを外されて上着をするりと脱がされる。空気に晒された肌が少し寒い。首筋にタオルを当て、上から順にソウの上半身を拭いていく。それが終ると持ってきた服を着せた。そして背中に当てていたクッションを取り去り、再びソウを横たえる。
「今日はもう眠り」と言うと部屋の照明を暗めに落として部屋を出て行った。また戻って来るのかと思って暫く待っていたが、次第に眠気が強くなってきて眠りに落ちて行った。
ソウがすっかり眠った頃、アキが戻って来た。風呂に入っていたらしく、腰にタオルを巻き付けただけの格好だった。すやすやと眠るソウの様子を確認してから服を着る。そしてベッドの横に置かれている椅子に腰掛けるとソウの寝顔を見つめ続けた。
翌日、すっかり日が上った頃にソウは目を覚ました。病み上がり時にはよくある事だが、横になっている時はすっかり良くなった気がして起き上がる。しかし、いざ起きて動こうとすると体が思う様に動かないのだ。今のソウも正にそれで、もう治ったと思い起き上がろうとした。
「まだ動いたらあかん」アキの声がそれを阻んだ。自分しかいないと思っていたので、驚いて声のした方を向くと椅子に座っているアキの姿があった。眠っていたソウは知る由もないが、昨日からずっとそこに居たのだ。
「でも、それじゃあトイレに行けないだろ?」とソウが言うとアキが立ち上がる。まさかトイレまで付き添われるなどと思っていなかったので慌てる。
「トイレくらい、1人で行けるって」
「あかん」ピシャリと言ったアキがソウを抱き上げ、トイレまで連れて行った。中までは入って来なかったが、それでも十分に恥ずかしかった。帰りも同じ様に抱き上げられて部屋へ戻り、ベッドに下ろされた。そしてその日もアキは必要な事以外は口を開かず、食事等の時以外は横にならされていた。薬に眠くなる成分が入っているのか、起きているよりもうとうとしている時間の方が長かった。アキは用事を済ませる時以外はソウの側についていた。
夜、夢うつつの中でアキの気配を感じる。
すごく、贅沢な気分だ。そうぼんやりと思う。最初は怒っているように思えた(病院に来た時は確実に怒っていたが)アキの態度は、実はそうではないと今日1日見ていて気がついた。心配しているのだと。
その証拠に時折病人のソウよりも苦しそうな、悲しそうな表情を浮かべる時がある。
自分はアキの事傷付けたのだと気付いた。こんなにも自分の事を想ってくれているアキに対して本音を隠し1人で抱え込んで。アキを信用していないと言ったのと同じだと思った。
明日、アキと話をしよう。そしてちゃんと謝ろう。
その後もアキとの事を考えようとしたのだが眠気には勝てなかった。眠りに落ちる寸前、自然とアキの居る方へ手を伸ばした。すぐに手を握られたのを感じると満足そうな顔をしたソウは寝息を立て始めた。

翌朝、パチリと目を開いたソウはアキの居るだろう方を見る。やはり昨日と同じ様に椅子に座ってこちらを見ているアキと目が合った。
「おはよう」ソウが言うと「おはよう」と返ってきた。
「もう起きてもいいだろ?」立ち上がってソウの顔を覗き込むアキ。
「せやな。顔色も良うなったし。けど、熱計ってからや」と言って体温計を取った。大人しく体温を計られる。すっかり平熱だった。
「ええよ」とアキの許可が出て、伸びをしてから起き上がる。そのままベッドから下りようとしたが「それはまだアカン」と言ってまた抱き上げられた。
「もう大丈夫だって。熱もないしさ」
「お前の大丈夫はアテにならん」
「・・・」ごもっとも、としか言い様がない。

朝食の後、アキが片付けをしている間リビングのカウチでテレビを見ていたソウが今更に気付いた。
「アキ、仕事行かなくていいのか?」今日は平日で本来ならアキは出勤している筈だ。それに病院に迎えに来た日と昨日の2日間も休んでいる。今日で3日目だ。
「有給、たまっとったからな」片付けを終えたアキがまた抱き上げようと伸ばして来たその手を握って止める。
「アキ、俺話があるんだ。話すくらいはいいだろ?」少し考える間が空いたがアキは渋々承諾し、温かい飲み物を用意するとカップに入れてソウに差し出す。礼を言って受け取とり、1口飲んでからアキを真っ直ぐに見つめ口を開く。
「アキ、今回の事・・」アキが手をソウの顔の前にかざして言葉を止める。
「話の前に、言うとくわ」少し顔を近付けて言った。
「今後、どんな理由があっても、自分から勝手に俺の側離れるのは許さへん。その時は」カップを持っていない方の手首を掴んで持ち上げる。
「一生繋いで閉じ込めたるからな」脅しではないと分かった。もし今度、何も言わずにアキから隠れるような真似をすればアキは確実に自分を閉じ込めてしまうだろう。冷たい色を宿したアキの瞳の中に揺るぎない決意を見たソウは頷いた。
「分かったよ。それでいい」ソウの意志を確認したアキの表情が少し和らぐ。
「そんならええ。で?」中断した続きを促す。手の中にあるカップをぎゅっと握り、景気づけでもする様に一気に飲み干した。空のカップをテーブルに置く。
「色々、あるけど・・まずは心配掛けた事を謝りたいんだ」勢い良く頭を下げる。
「本当にごめん」はあー、と大きく溜め息を吐く音が聞こえ、「ホンマやで。危うく俺、気ぃ違うとこやったわ」と言ってソウを抱き締めたアキはいつもの調子に戻っていた。久しぶりの抱擁にドキドキが戻って来る。けれども前の様な苦しさはなかった。ぎゅうっと抱き締め返すと優しく背中を撫でられた。
「そんで?何でこんな事になったんや?全部、隠さんと言うてみ?」ソウの腰を掴んでヒョイと自分の膝の上に座らせる。間近で向かい合うアキの瞳にはもう冷たい色はなく、優しい暖かな色に変わっていた。
「俺の・・は、話が終るまで絶対、何も言わないでくれるか?」頬を赤らめたソウが頼む。
「?そらええけど」アキは不思議そうな顔をしたが別に断る理由もないので承諾する。
何故そんな約束を取り付けなければならないのか、話をする上でソウの心情抜きには進められないからだ。というか初っぱなに告白同然の事を言わなければ始まらないのだから、そこで何か言われたら続けられそうにない。
「絶対、だぞ?」念を押すソウの頭をポンポンと叩いて笑うアキ。
「分かった。何も言わへんから」
「・・・」大きく息を吸い込んだ後に話し始める。
「俺、最近気が付いたんだよ。アキと一緒に居るとドキドキしたり苦しくなったりして・・」心臓が飛び出しそうな勢いで脈打っている。ぎゅぅぅっと目を瞑って一気に言った。
「アキの事す、好きなんだってっ」火が出ている気がする程顔が熱くなっている。当然アキの顔は見られない。俯いたまま話を続けるがアキはそのまま黙って聞いていた。
「でも俺、男相手の恋愛なんてした事ないだろ?今までと変わりないのかもしれないけど、不安だったんだ。自分が自分じゃなくなってしまう様な気がして」最初に山場を越えたせいか、暴れていた心臓はいつの間にか大人しくなっていた。
とっくに好きになっていたのにそうではないのかもとぐるぐる悩んでいた事も話した。アキの手はソウの背中をいつもの様に撫でている。
「それであんまり食欲もなくて。その時にさ、言われたんだルイさんに。まあ俺とアキの関係を知らなかったからだと思うんだけど、アキの気持ち分かってるくせに付き合うかどうかも選ばないなんてズルいみたいな事。そんなのアキがかわいそうだから解放してやってくれって」背中のアキの手が止まる。俯いていたソウには見えなかったが、アキのこめかみに血管が浮いた。
「アキとルイさんが何か通じ合ってるなってので妬いててモヤモヤしてる上にそんな事言われて、でも言い返す言葉もなくて・・・それで飛び出したんだ」漸く顔を上げてアキを見た。
「その結果、体調崩してぶっ倒れたってわけなんだ」難しい顔をしていたアキは、ソウが言い終わるのと同時に思い切り抱き締めた。
「くそっ何やそれ。俺のせいやないか、ソウが倒れたんは」絞り出す様な苦しそうな声だった。
「カンニンや。そんな苦しい思いさせとって気付かへんて。浮かれ過ぎとった」抱き締める腕に更に力が入る。
「?浮かれ?」今度はソウがアキの背中を撫でる。
「せや。最近何やソウが俺に対する態度とかえらい可愛いらしなってきて、もしかしてちょっとは気ぃ変わってきたんとちゃうかて。そない思たら嬉しゅうて、そんで浮かれてしもたんや」確かにアキは近頃機嫌が良かった。
「それとこれとは別だろ?アキのせいじゃないって」どんなにアキが気を付けてくれた所であのままの状態の自分では同じ結果を招いていたとソウは思う。
「いや、少なくともルイの事は俺のせいや。何が『ソウ君は急用が出来て帰ったよー。何か家族の人に呼び出されたみたい』や。今度会うたら締め上げたる」
「やめてくれよ。友達だろ?」
「だからこそ、や。例えソウがアイツの思た通りやったとしても、俺がそんなん気にせん事くらい分かっとる筈や。それで何で要らん事言いよるねん。許せん」
「それくらいアキの事、大事なんだろ?そう感じたよ俺は」ヨシヨシとアキの頭を撫でる。抱き締める腕の力が緩む。
「ホンマに、ゴメンや。苦しい思いさせてしもて」
「いいって謝らないでくれよ」ソウが微笑む。
「・・・」アキはその顔を見つめ、うっとりとして言った。
「綺麗やな。初めて見た時もそない思たけど、今はもっと綺麗や」
「アキ」照れくさそうにはにかむ。
「なあ、もう一回、ちゃんと教えてくれへん?ソウの気持ち」頬を染めたソウが小さく頷いた。
今はもう、何も怖くなかった。自分がどう変わっても、それがアキと一緒に居られた結果なら受け入れられる。
ずっと、ずっとアキと居られるなら俺はそれだけでいい。
「好きだよ。アキ」アキが綺麗だと言った笑顔でソウが告げる。「俺をアキの恋人にしてほしい」これ以上ないくらい幸せそうな笑顔になるアキ。
「モチロンや。絶対、絶対離さへん」ぎゅっと抱き締めた後、鼻と鼻がつきそうな距離で見つめ合う。
「もう一回、言うて?」
「好き」鼻にキス。
「もう一回」
「大好き」頬にキス。
「もっと・・・」
「愛してるよ」唇に・・。
啄む様に何度も唇を重ねる。やがてどちらからともなく舌を絡め合わせ、濃厚なキスへと変わっていく。
「俺も・・俺も好きや。」合間に囁かれるアキの声は限りなく甘い。
「ソウだけや・・俺をこんなに熱うさせるんは」
「アキ・・・」溶けてしまいそうなくらいに気持ちが良いい。こんなキスを味わうのは初めてだった。
もっと、欲しいと思った。しかしアキは不意に唇を 離してしまう。

「アカン、このまま続けたら抑え効かんようになる」苦悩の表情を浮かべている。
「何で?もうそんな必要ないだろ?」
「ある!ソウがちゃんと治るまではアカン」こんな時までソウの体を最優先するアキ。
「俺、結構丈夫なんだぞ?今まで大した病気になったことないし、すぐ治るし」
「せやから病気ナメてまうんやな。とにかくアカン。ぶり返したりしたら元も子もないやろ」そこまでの徹底ぶりに感心するやら呆れるやらでソウは息を吐いた。
「前にも思ったけどアキってスゴいな。俺だったら途中で止められないよ」
「愛の力や。ソウを見た瞬間から俺の中でソウが一番大事になってもたんや」ソウの額に口付けて得意気な笑みを浮かべる。
「今はちょっとヨコシマ入りやけどな」
「何、ヨコシマ入りって」クスクスと笑う。
「気兼ねしたないねん。ソウとセックスする時に」しれっと言ったアキの言葉に頬を赤らめる。
「せやから、体治すんに専念して早よ元気になってな?」
「アキ」恥ずかしそうに目を伏せる。

という事でその日もソウはベッドの上で大人しくしていたがアキと話したりしていたので退屈はしなかった。
「そういえばさ、何で俺が入院してるって分かったんだ?」
「ああ。ソウの仕事場行って聞いたんや」ソウが突然帰った翌日、何かおかしいと思ったアキは仕事の合間にソウの職場まで出向き、ソウが倒れてツカサに運ばれて行った事を知ったのだ。
「ホンマあの時はゾッとしたで」その後アキの取った行動はソウの家族に会う事だった。
「ツカサも電話出えへんし、レンちゃんは倒れた事自体まだ知らんかった」すぐに調べて連絡をくれると言ったのだが、ソウの家族の連絡先だけ教えてもらった。
「うちの家族って」両親も姉も今はこの星にいない。両親は星巡り旅行中で姉は隣の星に留学中だ。
「ご両親は無理やったけど、隣やったからお姉さんには会えたで」
「わざわざ行ったのか?」隣の星と言っても片道5時間は掛かる。
「お願いに行くのに、当たり前やろ」そうして会いに行った先でアキはソウの姉、あおいに頭を下げた。
「俺らの事全部話して、入院先教えて欲しいのと、容体が落ち着いたら俺のとこへ連れて帰る許可が欲しいて頼んだんや」
「あおい姉さんは何て?」
「最初は驚いてはったけど、話したら全部任せるて言うてくれた。病院にも伝えてくれるて」突然ソウを病院から連れ出したように思っていたが、実際は病院の許可もきちんと得ての事だったのだ。担当医にも会って注意事項等を聞いていたと言う。
「せやけどホンマに生きた心地せえへんかったわ。もし何かあったらどないしよ思て」ソウの左手を取って両手で握り締める。
「もう倒れたりしないように気を付けるよ」顔を寄せて額と額を付けた。
「ん。それやったら許す」笑みを浮かべたアキが言った。2人で笑う。それだけでも十分幸せだった。

夜、アキが言った。「今日は風呂入ろか」アキが体を拭いてくれてはいたが、倒れてから以来入っていないのでさすがにそろそろ全身洗い流したい。ソウは勿論とばかりに頷いた。脱衣室までソウを運んで来たアキは椅子に座らせるとソウのパジャマを脱がせ始めた。
「ちょっと、アキ?」慌ててその手を押さえる。
「何や」
「自分でするよ。っていうか1人で入ってもいいんだよな?」
「何で?フラついて滑ったら危ないやん。心配せんでも体流したるだけやから俺は一緒に入らんし、ヤラしい事はせん」
「そういう問題じゃなくて・・恥ずかしいんだって」アキがクスリと笑う。
「えらい可愛いらしいなぁ」ヨシヨシとソウの頭を撫でた。
「それやったら俺も入るわ。そしたら服脱ぐし、アイコやろ?」
「ええっ。それもちょっと」と困り顔のソウを尻目にさっさと自分の服を脱いでしまった。ソウの前に惜し気もなく逞しい裸体を晒す。
目のやり場に困る、と俯くソウのパジャマを再び脱がせにかかる。
「自分で脱ぐから」脱がされるよりはまだマシと思った。そうして恥ずかしながらも服を脱いで裸になったソウはアキに抱き上げられて浴室へ入る。泡立てたボディソープで背中だけ洗ったアキは「後は自分でする方がええやろ?」とスポンジをソウに渡し、今度はシャンプーを泡立てて髪を洗い始めた。ソウも残りを洗ってしまう。全身綺麗に洗い流したソウを湯に浸からせると自分の体を洗い始めるアキ。位置的に前を向いているとその後ろ姿が目に入る。アキの動きに連れて筋肉の隆起の様を変える広い背中を眺める。そこまで鍛え上げたいと思った事はないが、厚い筋肉に覆われた雄々しい肉体を美しいと思った。洗い終えたアキも湯に入り、ソウを横抱きにする。
「これからは一緒に入ろか?」
「やだよ」即答する。
「冗談やて」と笑う。
「けどたまにやったらええやろ?」
「たまに、なら」
「約束やで?」頬にキスをする。「あ、ほな今度温泉でも行こか。ええとこあんねん。景色綺麗やし、飯もウマイし」
「へえ。俺はあんまり行かないからな」
「それやったら尚更行かな損や」等と話をしてから風呂を出た。

またベッドに戻って来たソウはベッド横の椅子を見て今更に思う。アキは朝起きたらいつも座ってたと。
「アキ、もしかして寝てないんじゃないのか?」ソウに布団を掛けるアキに問う。
「んー?ああそうかもな。別に平気やけど」と何でもない風に言うが、ソウの事が心配で眠気など感じる余裕がなかったのだろう。
「平気なわけないだろ?今度はアキが倒れるぞ?」掛けてくれた布団を捲ってアキの手を引いた。
「一緒にて、俺の忍耐力試す気ぃか?」苦笑するアキに構わず引き込む。
「大丈夫、きっとすぐ眠れるよ」張っていた気が緩めば一気に眠気が訪れるだろう。倒れ込んできた体を受け止めて布団を被せてしまう。
「敵わんな」と言いつつも嬉しそうで、されるがままでいる。ソウはアキの頭を抱き寄せて寝かし付けるように髪を撫でた。案の定、気持ち良さそうに目を閉じたアキはどれ程も経たずに寝息を立て始めた。暫くその寝顔を見つめていたソウも眠たくなってきて、「おやすみ」とアキの唇にそっと口付けると目を閉じて幸せな眠りに就いた。