ソウ②

柔らかな朝日が射し込む部屋の中、すやすやと眠るソウ。階下から漂ってくる香ばしい匂いに鼻を刺激されてふと目を覚ました。時計を見て、ベッドから抜け出し、一階に下りる。ダイニングキッチンに入るとテーブル上には既に朝食が並んでいた。
不意に後ろから抱き締められる。
「おはよう」頭上からアキの声が降ってくる。
「おはよ・・・」寝起きの掠れ声で言った後、顔を後ろへ向けると軽く唇を吸われた。
「朝メシ、出来てるで」笑顔でアキが言った。
「ありがとう」
勘違いをして勝負を吹っ掛け、結果敗れてアキの”モノ”となってから数ヶ月が経った。普段の生活の上ではアキと過ごす時間が増えた事以外はそれ程変化はなかった。彼の家に呼ばれる方が多いが、ソウの家にアキが来る事もあった。時々ソウが恥ずかしがるような事をさせたりする時もあるが、特に何かを要求するでもなく一緒に食事をしたり、どこかへ出掛けたりとまるで友人か恋人の様な過ごし方をしている。おまけにアキは細々とソウの世話を焼いてくれるので、至れり尽くせりの状態なのだ。
初めは自分の勘違いとはいえ印象最悪だったのだが、共に過ごしていく内に変わっていった。意外にもアキといるのは居心地悪くなかった。けれども一生こんな関係を続けられる訳がないと思っているので、アキの気が変わりそうな事があれば試してみたりもした。残念ながら今の所は成果はないが。
「今日、7時やな?」朝食を終えて出掛ける準備をしながらアキが聞いていた。
「ああ」今日はレンにアキを紹介する日なのだ。最初は彼氏だと誤解されていたが、あの電話の翌日会いに行き全てを話して何とかアキとの関係を理解してもらった。
それでも1度アキに会ってみたいとねだられ、今日3人で会う事になったのだ。
「悪いな。付き合わせて」
「ええよ。俺かて会いたいし」ソウだけが微妙な心持ちでいる様だ。

アキの家に泊まった時は大概仕事場まで送ってくれる。日によって車だったりバイクだったりと手段が違う。ちなみに今日はバイクだった。
「行ってくる」バイクから下りたソウは自分からアキに顔を近付け、口付けた。仕事場の門の前である。2人の後ろを出勤する人達が次々と通り過ぎる。
“挨拶のチュウ”は人前であっても構う事なく要求される。自分の仕事場の前でとなると最初は恥ずかしくて中々出来ずにいた。しかし今では他の場所だと躊躇っても、ここでは言われる前に自分から出来てしまうくらいに慣れていた。というか慣れるしかなかった。何故なら出来るまで遅刻しようが解放されないし、いつまでも門の前でいると余計に目立つという事を学習したからだ。通り過ぎる従業員も最初は好奇の目で見ていたが、今では風景の一部として見えているのか気にする者はいなかった。
ちゅ、と音を立てて唇が離れる。唾液に濡れたソウの唇を親指で拭い、「帰り、迎えに来るから」と言い残してアキも自分の会社へ向かった。門をくぐると後ろからやって来た後輩、ナオが声を掛けてくる。
「今日も熱いっすねぇ」
「飽きないなお前も」ナオを含め親しい仕事仲間にはきちんと事情を話してあるのだが、この後輩は朝の風景を見かける度に面白がってそんな事を言うのだ。
「やーでも先輩、最近何か可愛さが増してますよ?」
「はあ?フザケた事言うなよ」あからさまに嫌そうな顔をする。
「いや、マジっすよマジ」とナオは言うがソウはそれ以上取り合わなかった。

そして就業後、言葉通り迎えに来ていたアキと共に1度ソウの家へ寄ってからレンとの待ち合わせ場所へ向かった。
「ソウちゃん」先に来ていたレンが2人の姿を見付け、手を振った。
ソウにはいつもレンの姿が輝いて見える。会うといつも少しの間その眩しさに目を細めてしまうのだ。
「レン」側に寄って白い手を握る。
「紹介するよ。アキだ」
レンの視線が隣に立つアキへと移る。
「初めまして。レンです。今日は来てくれてありがとう」ソウを魅了してきた笑顔で言った。
「こちらこそ。会えるん楽しみにしとったんや」アキも笑顔で返した。そして席に着いた後レンが言った。
「何でも好きな物頼んでね」場所は美味しいと評判の料理店なのだが、店内には他に客はいなかった。店員も出てくる様子はない。
「今日はこの子達がお世話するから。その方が気兼ねなくていいでしょ?」レンの側には3人のメイドが控えていた。
頭を下げた後、3人はそれぞれ水を出したりメニューを配ったりし始めた。

「えーっ。アッキー、21才なの?ソウちゃんより年下なんだ」話し始めてすぐに打ち解けたレンとアキは「アッキー」「レンちゃん」と呼び合い、連絡先まで交換していた。
「せやで」
「見た感じソウちゃんと同じか上なんじゃないかと思ってた」
ちなみに現在ソウが24、レンが20才である。ソウもアキが年下だと知った時は驚いた。年下にいいようにされるって情けない、とぼやいたのを覚えている。
「そういえばツカサと友達だったね。ツカサも16には見えないし。友達って似るのかな」
「それもあるかもやけど、アイツも俺も早い内に働き始めたいうんが大きいんちゃうか」
一旦社会へ出て働き始めると年齢など関係ない。失敗も成功も自分の力次第だ。
「そういうものなのかな」働く事には縁の無さそうなレンが頷いた。
「アッキーって何のお仕事してるの?」
「エネルギー作ってあちこちに売ってんねん」アキはソーダ海から産出されるガスを燃料化して近隣の星々に輸出している会社で働いている。最初は技術者として働いていたが、今は営業部の課長職に就いている。
「せやからたまに出張行かなアカンけど、おもろいで?」としばらくアキの仕事について話していた。ふと「じゃあアッキーが出張行ったらソウちゃん寂しいね」とレンが言い出す。
「え?いや、別に。平気だよ?」唐突な話題に困り顔でレンを見る。
「まだソウと会うてから行ってへんもんな」とアキが乗って来た。
「いやいや。そうじなくて」
「もしアッキーが居なくて寂しくなったら、いつでも連絡してね?」
「レン、この間言っただろ?俺とアキは付き合ってるんじゃないって」
「分かってるよ」クスクスと笑うレン。からかわれたのだ。
「でも、2人とてもお似合いだと思うよ。アッキーだったらソウちゃん任せられる」真顔に戻ったレンが言う。
「お眼鏡にかなったいうことか。光栄やな」笑みを浮かべるアキに対し、ソウは困り顔から戻れない。
「そんなお墨付き与えないでくれよ」抗議の声も何やら情けない。
不意にアキの携帯が着信を知らせ、席を外した。2人きり(メイド達は居るが)になった部屋でレンがソウを見つめて言った。
「でも、ソウちゃん変わったよ?それってアッキーの影響でしょ?」
「ちょっと待ってくれ」思わず話を遮ってしまう。
「変わったって、俺が?」
「うん」
「・・・どんな風に?」
「何かね。可愛くなった」一瞬、目眩がした。今朝も言われた言葉が再びソウにのし掛かる。
「レン、俺が可愛い訳ないだろ?可愛いっていうのはレンみたいな」
「そうじゃないよ」今度はレンが遮った。
「外見じゃなくて。時々、見せる表情とかが、前と違って可愛いの」
まさかレンに可愛いなんて言われる日が来るなんて。落ち込むを通り越し、気が抜けてしまったソウは背凭れに背を預けた。
「ソウちゃん」レンの華奢な手がソウの手に重ねられる。
「ソウちゃんはいつもレンの事大切にしてくれるけど、自分の事はあんまり気にしてないでしょ?そういう所、見てるとちょっと心配になるの。でもレンはそういうの気遣うとか出来ないから・・・」
「いいんだよ。レンはそんな事気にしなくても」そのままでいてこそのレンなのだからと微笑む。
「アッキーはね。きっとソウちゃんの事全部見ててくれると思うの。だからアッキーと一緒にいて欲しいなって思う」レンがこんな風に自分の事を心配してくれている。それだけで胸が熱くなった。
「色々考えてくれたんだな。ありがとう」重ねられた手を握って額に押し付けた。

その後、戻って来たアキとまた談笑しながら食事を楽しみ、店の前で別れた。レンの乗った車を見送りながらアキが言った。
「あの子は、ソウには無理や。フラれて正解やったな」
「はあ?」ムッとしたソウはアキを睨み付ける。
「今まで何人か見てきたけどな、ああいう子は1人のモンにはならん」
「何だよ。それじゃあレンがまるで浮気性みたいじゃないか」食ってかかるソウにまあ聞き、とアキが言う。「気が多いとか堪え性がないとかいう話やないねん。もし、ソウがフラれんと付き合うとするやろ?」
「・・・ああ」
「そこに別のええ男が来て、ソイツの事もレンちゃんが好きになってもたら、あの子はソイツとも付き合うて言う」ソウが口を開くよりも早く言葉を繋いだ。
「欲しい思たらガマンなんかせん。いや、出来んのかな。そういう子やと思うで俺は。ええとか悪いとか関係ない。レンちゃんと付き合うていける男はそれを解って、それでもやっていける男や」
「そんなに、何人もレンが好きになるヤツが現れるかなんて分からないし」眉間に皺を寄せるソウの頭をポンポンと軽く叩く。
「せやな。けどソウかて体験済みやろ?あの子はえらい人惹き付けるもんがある。何もせんでも候補が勝手に近寄って来よる。その内男侍らせとるかもしれんで?」
「やめろ。不吉過ぎる」考えたくないと頭を振るとそれをヨシヨシと撫でられて肩を抱かれた。
「帰ろか」と言うアキの言葉に黙って頷く。2人はバイクを停めてある駐車場へと歩き始めた。
そして、この時その様子を遠くから見つめる人物がいた事に2人共気付く由もなかった。

それから数日経ったある日、ソウとアキが外で食事をしている所へ近づいて来る者があった。
「アキさんじゃないですか」誰が見ても美少年、と言う程に綺麗な顔立ちをした少年だった。
「何や。リオか。久しぶりやな」少し驚いた様子だったが、それ以外特別な感慨もなくアキが言った。ふと、リオがソウの方へ視線を向ける。目が合うと会釈してきたのでソウも返した。
「隣、いいですか?」と聞きながらも既にリオはアキの隣の席に腰掛けていた。
「僕、今度この辺に越して来たんです。もしかしてアキさんもこの辺に住んでるんですか?」
「まあな」
「嬉しいな。だったらまた昔みたいに遊んで下さいよ」さりげなくアキの方へ体を寄せるリオ。
「悪いけど、今そんなヒマないわ。仕事忙しいし」
「ええー。冷たいなあ」今度はあからさまに、アキの肩にしなだれ掛かる。その積極的なアピールは、アキに好意を抱いているのが一目瞭然だった。しかし、アキは肩に寄り添うリオを押し退け素っ気なく言い放った。
「さっきから何やねん。回りくどい演技しよってからに。気色悪い。メシ不味なるわ」
そこまで言わなくても、とリオに同情しかけだがその感情はすぐに消え去った。
「だって、だってアキってば僕がどんなに好きだって言っても見向きもしてくれなかったのに、こんな」ソウを指差す。
「おじさんなんかとイチャイチャして。今までのタイプと全然違うじゃんっ。綺麗な細いコが好みでしょ?こんな筋肉質で固そうなののどこがいいの?納得いかないよっ」
おじさん、てまだ20代だぞ?とソウは心の中でツッコミを入れる。
そこまで黙って聞いていたアキが不意にリオの顎を掴む。
「人のモンにケチつけんのもええ加減にせえや」冷く低い声音に周りの空気まで冷えたように感じる。
「この減らず口、潰すで?」アキがギリギリと顎を掴んだ手に力を入れる。
「い、いた・・・」苦しそうなリオの声を聞いてソウが慌てて止めに入る。
「アキ、痛がってるから」言いながら手首を掴んで引き離そうとする。アキはチッと舌打ちをした後リオの顎から手を離した。
「大丈夫か?」顎を押さえるリオに声を掛けるが、キッと睨み付けられた。
「あんたなんか、アキにふさわしくない」正に捨て台詞、吐き捨てる様に言ってリオは立ち去った。ソウは何とも形容し難い気持ちでストンと腰を下ろす。
「何年か前、道端でちょっと襲われかけてたトコ助けたったら、何や勘違いしたんか付きまとわれてな。ここ数年見掛けんから油断しとったわ」はあ、と溜め息を吐くアキ。視線をソウに移して「気ぃ悪したやろ?カンニンやで」と謝った。
「おじさんはちょっとショックだったけどな」と笑うソウを見てアキの表情が和らぐ。
「何か言うて来るかもしれへんけど、相手にせんでええからな?あんまり目障りやったらよその星に売り飛ばしたるから」
「悪い冗談はよせよ」ソウは苦笑したが、アキは本気らしく何も言わなかった。
「帰ろか」と立ち上がって歩き始めるその背中を見て、今まで考えた事がなかった事を考えた。
アキってモテるんだろうな。
逞しい体つきや精悍な顔立ちに加えて自信に溢れた堂々とした立ち居振る舞いは”男”として十分に人を魅了すると思われた。現に周囲を見渡すとチラリ、チラリとアキへ視線を向ける者がいた。男女比でいうと3対7くらいだがどちらからも、そういう視線が向けられるのは凄いと素直に思った。
そうだよな。いい男、なんだろうなアキって。それこそ選り取りみどりじゃないか。何で俺がいいとか思っちゃったんだ?
立ち止まって考えていたらしい「ソウ、早よおいで」とっくに会計を済ませたアキに呼ばれた。
「悪い」アキの所まで行くと「どないしたんや。気分でも悪いんか?」優しく肩を抱いて聞かれる。背中に羨望の眼差しが突き刺さっている様な気がした。
「平気、何でもない」帰ろう、とアキを促す。

それから暫くの間、度々あのリオという少年が2人の前に現れてはアキにアピールしたりソウに文句を言ったりする日が続いた。アキは「ホンマ、うっとおしい」と苛ついている様子だったが、ソウは片想いのリオの気持ちが分からんでもないので参ったなという程度だった。

「何やえらい大人しな。あんだけケンカ売られてんのに。俺にフッ掛けて来た時の勢いはどこ行ったんや」休日、アキの家のリビングで寛いでいる時にアキが言った。
「言うなよ。もうあんなバカやらかさないって反省したんだ。それにそういう気になれないってのもある」
「同情なんか無用や。望みもないのに優しい顔する方が酷やで?」
「それはそうだけど。アキの事、本当に好きなんだなって思ってさ」
「何やそれ」呆れて言ったアキはラグの上に寝転がった。腕を引かれ、ソウもその隣に横たわる。アキの手がソウの頭を自分の厚い胸の上に乗せさせ、指が髪の毛に絡む。もう片方の手がゆっくりと背中を撫でた。
「片想いの辛さっての分かるからさ」かつてレンに恋焦がれていた頃を思い出すのだ。もっともソウはリオ程のアピールは出来なかったが。
「忘れてへん?」背中を撫でる手の動きが変わる。ただ表面を上下するだけだったのが、探るように指の腹で撫で上げられた。
「俺も片想い中やで?」アキの手が通った後が熱く感じられる。
「わ、分かってるよ。でもアキは何か落ち着いてるっていうか、余裕あるというか・・・」普段もだが、片想いの相手だという自分と、こうして体が密着していてもドキドキしているようには見えない。自分がもし好きな子とこんな状態になったらアキのようには落ち着いていられない、とソウは思った。
「自制はしとるけど、余裕かましとるつもりないで?」そう言った後、体勢を変えて覆い被さって来た。心拍数が上がるのを感じる。
「まあ、こやって一緒に居れるから変な焦りがないんは確かやな。ソウの色んなとこ見たり知ったりすんのが楽しい」笑みを浮かべたアキがソウの頬に手を添える。
「赤なってる。ドキドキしとるんか?」
「してない」
「ホンマに?」頬にあった手が首筋を辿って胸元へ。忙しく動悸を打つ心臓の辺りへ置かれた。
「してるやん」と笑うアキは楽しそうだ。
「緊張、してるからだろ」
「何で?」
「さあ」むう、と唇を一文字に結ぶ。
「チュウ、しよか?」不意にアキが言った。
「何の?」
「何でもないヤツ」
「え」ドク、と一際大きく鼓動が跳ねる。
「嫌か?」
「・・・」
数ヶ月前なら即答出来た答えが何故か今は出来なかった。挨拶のチュウで慣らされたせいなのか、アキに言われた時に嫌悪感も抵抗感も抱かなかった自分に気付き驚いた。
「よく分からない・・・」
「ほな試してみよか?」
アキの顔が近づいて来て、触れるだけのキスをした。
嫌とかよりもアキの唇が熱くて火傷しそうだと思った。
「どうや?」
「何か熱い」ソウの答えに笑みを深めたアキは「もう一回、してみよか」と再び唇を重ねた。そして今度は舌を這わせてきた。
やっぱり熱い。いつもはそんな事感じないのに。などと思っている間にアキの舌が奥へと入ってきて、キスは濃厚なものへと変わっていく。キスの熱さが体にまで移っていったのか、体の奥、芯の方が熱く疼き始める。
ヤバい。気持ちいいかも。
どうしよう、とソウが思った時、天の助けかアキの携帯電話が鳴った。しかしアキはキスを止める気はないらしく、そのままソウの唇を味わう。
「んっ・・ア、キ。でん・・・」出るように促そうとするソウだったがアキは止めなかった。暫く鳴り響いていた着信音はやがて止んだが、少し間を置いて再び鳴り響いた。先とは違った音だった。
「・・・」
渋々、ソウの唇から離れたアキは盛大な舌打ちをして不機嫌さを隠さずに電話に出た。
「何や。・・・はあ!?」どうやら会社からの電話だったらしい。仕事の話をしているアキの横でソウは助かった、と安堵の息を吐く。
「出張、行かなあかんようになってもた」電話を切ったアキが残念そうに言った。
「いつから?」
「明日、朝イチで」かなり急を要する事態らしい。
「じゃあ、俺帰るよ。準備があるだろ?」
「アカン。暫く会えんようになるのに、見納めくらいゆっくりさしてや」
「・・・アキがいいなら」とその日は泊まって行く事になった。

風呂から上がってそろそろ寝ようかという時に、アキが鍵を差し出した。
「ここの鍵や好きに使い」
「いいよ」アキが居ないのに、わざわざ来るとは思えない。
「ええから。冷蔵庫に残っとるモンとか食べといてくれたら助かるし」とソウの手に鍵を握らせた。
「明日、早よ出るから送ってやれんでゴメンな?」
「そんなの、気にしなくていいよ。大丈夫だから。気を付けてな」
微笑んだアキはソウの頭を撫でて緩く抱きしめた。
「俺が居らん間、他のヤツに触らせたりしたらアカンで?」
「しないよ」というかそんな相手はいないだろうとソウは思う。
「帰って来たら、あの続きしよな?」首の付け根に顔を埋めたアキが言った。熱かったキスを思い出して胸がざわつく。ソウの体が強張ったのを感じたアキは顔を上げ、「おやすみ」と唇を合わせるだけのキスをして自分の部屋へ入って行った。
残されたソウも客間へ入る。泊まる時はいつもこの部屋で寝ている。最初にこの部屋を使うように言われた時に「さすがに一緒の部屋で寝て平常心保てる自信ないわ」と言っていたのを思い出す。
余裕、なわけなかったんだな。
アキが何でもない事のように言ったり、行動したりするおかげで、色んな気遣いを当たり前のように捉えていたのだと気付く。
大事にされている。そう思うと胸がほわりと温かくなった。
明け方、夢うつつの中で人の気配を感じた。髪を撫でられる感触がした後、唇に何かが触れ、その気配は部屋から消えた。ソウが起きた時にはアキはもう出発していた。食卓の上には1人分の朝食が用意されていた。
「忙しいのに、わざわざ・・・」今度は胸がきゅうっとなった。昨日から何やら忙しい。
有り難く頂く事にしたが、美味しい筈のアキの料理が少し味気なく感じられた。

それから3日経ったがアキから連絡はなかった。当然仕事が忙しいのだと分かっているが寂しさを感じている自分に驚いた。かといって自分からは何と言えば良いのか分からなくて連絡は出来なかった。そしてアキの家にも行かなかった。もらった合鍵は他の鍵と一緒にホルダーに納められたに留まっていた。
4日目の夜、自宅のベッドでうとうとしていた時にアキから電話がかかって来た。音声のみの通話なので顔は見られなかったが4日ぶりにアキの声を聞いたソウの表情は自分では気付かなかったが嬉しそうだった。
『もしかして寝とった?そっち夜中やろ。』
「いや、起きてたから。」
『そうか。あ、メシちゃんと食うてるか?』
「ああ。食べてるよ」本当はあまり食が進まず、少ししか食べていない。
『ほな冷蔵庫の食べてくれたか?』
「それは、まだだけど」
『何や。ホンマはあんま食うてないやろ。明日からちゃんと食わなあかんで?』
「わかった・・・あの。」
『ん?』
「仕事は無事片つきそうか?」
『ああ。あと何日かはかかりそうやけどな』
「・・・そうか、頑張ってな」
『おおきに。ちょっとでも早よ帰れるよう頑張るわ』
「うん」
『ほな、おやすみ』
「おやすみ」
通話が終わった後何となく携帯を置く気になれなくてしばらく弄っていたが、いつの間にかやってきた眠気にさらわれて眠りに就いた。

翌日、仕事の帰りにアキの家へ寄って冷蔵庫の中の料理を食べた。やはり味気ない。

アキと出会う前は1人で食べてもこんな風に感じた事なかった。食器を片付けながらそんな事を思う。そのまま泊まって行くという選択もあったが、自宅へ戻る事にした。アキの家を出て駅へと向かっていると目の前にあの少年、リオが立っていた。
「アキと一緒じゃないんですね」
「アキは仕事だよ」と言って通り過ぎようとしたが、腕を掴まれた。
「ちょっと、話せますか?」アキには相手にするなと言われていたし、自分もあのテンションで突っ掛かって来られるのは避けたい。
「悪いけど、列車の時間があるから」
「違います。僕はもうアキの事は諦めようと思って」俯き気味にリオが言った。
「あなたにも色々失礼な事を言ってしまったので謝りたいんです」
「・・・」
本気、だろうか?あれ程執着していた相手の事をそんなにすっぱりと諦められるのだろうか?という疑念が過る。しかし、しっかりと掴まれた腕の感覚から簡単には放して貰えそうもなかったので仕方なく近くのカフェに入る事にした。
「その、諦めるっていうの本気で?」
「はい。本当はずっと相手にされてないの分かってたんですけど、それでも好きな気持ちは変わらなくて」としおらしく話すリオ。
「この間あなたと二人でいる所を見掛けて、アキがあなたをすごく愛しそうに見てて・・・」その言葉に何故だか頬が赤くなる。
「今までも何人かアキの付き合っている人見てきたけどあんな風に見ていたのはあなただけです」「そ・・・そうなんだ」頷いたリオが続ける。
「凄くショック受けて悔しくて、無駄だって分かっててもこの荒れた気持ちが抑えられなくって」それでああいう行動を取ったというわけらしい。テーブルに額を擦り付けるようにして頭を下げる。
「本当に、すいませんでした」
「いいよ。そんなに謝らなくも。何て言うか、俺とアキは付き合ってるんじゃないんだよ」ゆっくりとリオが顔を上げる。
「どういう事ですか?」驚に大きく目を見開いたリオに簡単にアキとの関係を説明する。
「じゃあ、あなたはアキの事を好きでも何でもないんですか?」
「何でもないって事はないよ。アキはいいヤツだと思うし」自分でもまだ説明のつかない気持ちを他人に説明出来る訳もない。
「そうですか・・・でも、羨ましいです。アキに想ってもらえるなんて」顔を伏せ、目を擦ったリオは「ちょっと失礼します」と席を立った。
報われない辛さは分かる、かといってソウから慰めの言葉などかけられても余計に辛くなるだけだろう。暫くして戻って来たリオは「すみません」と笑顔を見せたが逆に痛々しく感じた。
「長々と付き合ってもらってありがとうございました。アキにはあなたから伝えてください」そう言うと席には着かず、立ったままペコリと頭を下げて出て行った。ソウも時刻を確認するとカフェを出て再び駅への道を歩き始めた。
細い路地を抜けて広い交差点へ出ようとした所で、背後から手が伸びてきて薬を嗅がされた。それを認識した数秒後に意識が遠退き始め、抵抗する間もなく意識を失った。

目を開いたソウの視界に映ったのは先程別れた筈のリオの顔だった。
「どういうつもりだ?」起き上がろうとしたが両手足をベッドに縛られていて身動きとれなかった。リオが笑い声を上げる。
「僕がアキを諦めるって?そんな訳ないじゃん。まんまと信じちゃうなんて。お目出度いね」侮蔑の笑みを浮かべてソウを見下ろす。
「でもさ、本当の恋人だったらちょっと痛め付けるだけにしておいてあげたんだけどな」
「・・・」黙ってその顔をただ睨み付けた。ガシッと髪の毛を掴まれる。
「アキに好かれて、それに応えもしないなんて・・・いいご身分だよねぇ?」
「だったら何だ?」恋愛感情なんてそういうものだ。自分も他人も思う様にはいかない。
「アキの事、好きじゃないんでしょ?だから側に居られないようにしてあげるよ」リオが手招きをすると複数の靴音がこちらへ近付いて来た。
「あんたのせいで、急にプラン変更しなきゃいけなくなって、大変だったんだから。でもこの人達が快く引き受けてくれて助かったよ」ソウを縛り付けているベッドの側に3人の男が立った。
「おおー男前だねえ」
「いい体つきだな」
「美味そう」覗き込んできた男達は好き勝手な事を言った。
「・・・」嫌な気配に肌が粟立つ。
「心配しなくてもいいよ。慣れてる人達だから、コツ知ってるし、綺麗に撮ってくれるから」またリオの笑い声が響く。
「それでさ、この前の列車のみたいに皆に見せてくれるって」あの列車での酔っ払い騒動は目撃者が多かったせいもあって何人かに動画撮影され配信されていた。どれも顔は判らないよう処理されていたので街中で指を指されるような事はなかったが。
「今度は顔出しでね。アキの側どころかどこにも居場所なくなっちゃうかもね~」最初に見た時に美しいと思った顔は今は憎しみに歪んで別人の様に見えた。冷たい汗が額に浮かぶ。ロープが食い込むのも構わず何とか外そうと手足を動かしているが、硬く縛られたそれは少しも弛まなかった。
「じゃあどうぞ始めちゃって」リオの掛け声で男達が動き始める。1人が撮影をし、あとの2人がソウを犯すという役割らしい。
1人の男がソウの腰を跨ぎ、仕事着に手を掛けた。
「やめっ・・ぅ」大声で抵抗の意志を示そうとしたソウの口にもう一人の男が枷を着ける。
「鳴けるようになったら外してやるからな」いやらしい笑いを浮かべる男達。胸をはだけられ、露になった素肌に男の手が触れた。全身に広がる嫌悪感に気分が悪くなる。
    違う。アキの手とは違う・・・。
アキが自分に触れた時の感覚とは天と地程もかけ離れた感覚だった。
    嫌だこんな奴らに触られたくない。
『俺が居らん間、他のヤツに触らせたらあかんで?』数日前にアキが言った言葉を思い出して胸が痛くなった。このままこの男達の好きにされるなら、自分はアキの所へは戻れない。じわりと目に涙が滲む。
「綺麗な肌してるな」言いながら跨がった男は更に服を脱がせていく。ベッド脇に腰かけたもう1人が胸に手を這わし、乳首を弄る。
「うぅっ」嫌悪感しか生み出さないその感触から逃れようと、身を捩る。肉が抉れてもいいからこの手足を自由にしてコイツらを殴ってやりたいと思った。
「あれ?早速気持ち良くなってきたか?」勘違いしたベッド脇の男がきつくつねる。
「っっ・・」痛みに顎を反らせるソウ。服を脱がせていた男が「どれどれ」と胸元に顔を近づけて来た。
最低最悪という言葉がぴったりだ。今まで生きて来た中でこんなにも腹立たしく、おまけに惨めな気持ちになった事などあっただろうか。
下卑た男の顔をせめて視界から消し去るべくぎゅっと目を閉じた。
それと同時にのし掛かられる感覚が消えた。肌に触れていた手も退いている。恐る恐る目を開くと膝立ちになった男の喉元に後ろからナイフが突き付けられていた。他の男達にも銃と長剣が。
「遅くなっちゃってごめんなさい。ソウ様」ソウの上から男を退かしながら言ったのはレン付きのメイド、なのだった。あとの2人りのとののも居る。この3人のメイドはレンの親ではなくイチヤに雇われていて、レンの身の回りの世話だけでなくレンの身を護るボディーガードの役目も兼ねている。イチヤがわざわざ他の星から捜して来たというのだから、その能力はかなりのものだと親族の間で噂されていた。その片鱗を見たのはソウも初めてだった。

しかし何故、今ここに?と聞きたかったが口を塞がれている。取ってくれ、となの達に視線を向けたその視界にゆっくりと歩いてくる男の姿が目に入った。まだ出張先にいるはずのアキだった。
「何やえらい楽しそうやな」冷たい声が室内に響く。
「アッアキ?どうして?」悲鳴のような声でリオが言ったがそれには答えず、アキはなの達に礼を述べた。
「おおきに。ホンマ助かったわ。レンちゃんによろしゅう云うといて」
なのは一瞬、縛られたままのソウに視線を向けたがこれから後は出過ぎた真似になると判断した様で「了解。レン様に伝えておきます」と頭を下げ、りのとののに目配せし「では、では~」と2人と共に去って行った。

解放された形になった男達は3対1なら勝てると思ったのか、一斉にアキに躍りかかる。しかしアキはお話にもならないといった感じであっという間に男達を床に這いつくばらせた。そしてこの部屋に入って来て初めてソウに視線を向けた。僅かに唇を引き締め側へと近寄る。驚いている顔のソウと視線が合うと少しだけ表情を和らげたが、口枷だけを外してやると「ちょっと待っとき」と言って背を向け、痛みに呻く男達を更に足で蹴り始めた。何も言わず、淡々とした様子だったがこの空間を怒りが支配しているのを感じ取れた。静まりかえったその中で肉や骨を打つ鈍い音と男達の呻き声だけが聞こえていた。

どれくらい経ったのか、男達を自力では起き上がれない程に痛め付けた後逃げ出せもせずに体を震えさせているリオの前に立った。
「アキ、あのね?これには訳があってね?」手足はまだ縛られたままなので、顔を横に向けて2人の方を見る。青白い顔のリオと無表情で冷たい眼で見下ろすアキが見えた。
「ホンマ、もうええわ」ボソリと言ったアキは携帯電話を取り出してどこかへ電話をかける。
「俺や。ああ。久しぶりやな。あ?転職?んなわけないやろ。1個、仕入れ手伝うたろか思てな」こんな時に仕事の電話?と思ったが、それは違った。
「年は17。目と髪は金。肌は白やな。まあ後で写真送るわ。ランクAくらいちゃうか」
まさか人身売買なのか、前にアキが言っていのは冗談ではなかったようだ。この星ではそういう商売はないが、別の星では当たり前のようにある。
「アキ、アキっ」まだ通話中なのも構わず大声で呼ぶ。
「・・・スマン。またかけ直す」ふう、と息を吐いて戻ってくるとベッド脇に腰かけた。
「何や。失礼やで?電話中に大声出して」窘めるように言うがソウの髪を撫でる手は優しい。
「アキ。まさか、売るつもりか?いくら何でも酷くないか?それに、ここじゃ違法だぞ?」
「売るてなんの事や?働き口探してやっただけや」
「でも」反論しようとするソウの唇に人差し指を当てる。
「しょうもない遊びばっかり覚えよるガキに更生の場所与えたるいうだけの事や。それに違法にはならん」ちらりとアキが視線を向けた先に居たリオは、もう立っていられずに床に座り込んでいた。
「筋書きはこうや。失恋して傷心旅行に出掛けた先の星で気分転換に働いてみいひんか、て声掛けられてやってみよ思て働き始めるいう感じやな」立ち上がってリオに近づく。
「アキっ」その背中に声を掛ける。
「あかん」跳ね返す様に言ったアキはもうソウの説得を聞く気はない。
「どない大目に見てもやりすぎや。殺さんかっただけでもマシやと思え」辺りが凍てつくような冷たい声だった。それ程にアキは怒っているのだ。「・・・」ソウは何も言えなかった。
「立ち」血のついた靴の爪先でリオの体をつつく。ヨロヨロと壁伝いにリオが立ち上がるとその青白い顔に携帯電話のカメラを向けて写真を撮る。そして先程の相手に電話を掛け直し、リオの働き口について話し始めた。
「ほな、そういう事で」数分後、話がまとまった様でアキは携帯電話をしまった。ソウの左足を縛っていたロープを解き、今度はリオの両手を縛ってその端を近くの柱に結び付けた。俯いたままの蒼白な顔に淡々と告げる。「30分くらいで迎え来るから。後はその人に教えてもらい」
「ァ・・アキ。僕は・・・」何かを言おうとしたリオの口をアキの手が顎ごと押さえ込む。
「口開くな。お前に手ぇ出さんのは傷モンにして引き取ってもらえんかったら困るからや」静かな口調だがそれが逆に恐ろしい。泪目で見上げる瞳に「けど次、その口から一言でも漏れたら、価値無うなっても構わん。潰すで?」と言って背を向け、ソウの所まで戻った。残りのロープも解いてやり、自由になった体をきつく抱き締める。
アキの体温と匂いに包まれて、体中の力が抜けていく。
   何だかすごく安心する。
遠慮がちにアキの背に手を回した。
「アキ・・・ごめん」自分がもっと警戒していれば、こんな事態は招かずに済んだかもしれないのだ。
「何でソウが謝るんや」腕を弛めてソウを見るとさりげなく脱がされかけていた服を着せてやる。
唇を噛んだ後、ソウが言った。「俺がもっと気を付けてれば・・・」
「アホか」首を引き寄せられ、アキの胸元に顔を埋める形で再び抱き締められた。
「こんなん事故みたいなもんや。ソウがどない気ぃ付けたかて来る時は勝手に来る」アキの手が背中を撫でる。
「それに謝らなあかんとしたら俺の方や」
「アキだって出張行ってたんだから仕方ないだろ?」
「いや、俺が居らんて分かったら何か仕掛けて来るんちゃうかと思うとった」はあ、と大きく息を吐く。「せやからツカサに一応様子見とってくれて頼んであったんや。けどアイツも仕事忙しからな。最終的にはレンちゃんにお願いしたんや」それであの3人娘が登場したというわけだ。
「けどここまでやるとはな。読み甘かったわ」アキの怒りは自分への怒りでもあったのだ。
「でも、何でここへ?出張は?」
「驚かしたろ思て電話ではあない言うたけど、ホンマは昨日で片付いて今日帰って来ててん」そしてソウに電話したのだが何回かかけても繋がらず、まさかと思った所へレンから連絡が入ったのだ。
「そうだったんだ・・・」ソウの携帯電話はベッドの横のテーブルに置かれていた。レンに一報入れようと手を伸ばしたその時、外で物音がした。
「えらい早いな」呟いたアキはベッドのシーツを剥がすと隠すようにしてソウに被せ、リオを連れて入り口の方へ。
ソウは初めて部屋の全体を見た。ビルの一室のようなコンクリート剥き出しの壁と柱。そして場違いなベッドと撮影用の機器。床に転がる男達。こういう事に慣れていると言っていた。今までにもこういう事をこの場所で行っていたのだ。再び嫌悪感に襲われたソウの耳に何やら言い争う声が。
「もう用済んだやろ。早よ去ね」アキの声と「いえ、なつきさんに報告しないといけないので。見るだけですから」男の子の声。
「知るか。んなもん報告せんでええ」
「しかし。アキさんのマイハニーの写真撮って来ないと減俸と言われてますので。あの動画では顔は判別出来ませんでしたから」
「はあ?見るだけちゃうやんけ。あっこのガキ!」とアキの声が聞こえた後、少年が入って来た。
「どうも。こんばんは」
「どうも・・・」年の頃14、5に見えるその少年は素早くカメラを構え、シーツを被ったソウの姿を撮影した。その直後にアキに襟首を掴まれ引き摺っていかれたが任務は果たせたので満足そうだった。入り口で少年を放したアキが言った。「もうええやろ。早よ行き」
「わかりました。失礼します」ペコリと頭を下げ、少年はリオを連れて立ち去った。
その場でアキはまた電話をかける。
「俺や。手柄イッコやるわ。住所言うから取りに来て、適当な罪でどっか送っといてや。頼んだで」どうやら警察関係の人間が相手らしい。電話を終えるとソウを抱き上げ「帰ろか」と外へ出て車に乗った。
「遠いから、眠なったら寝とき」と言って車を発進させる。暫く経った頃、疑問に思っている事をソウが聞いた。
「・・・アキって普通の会社員だよな?」
「せやで?」前を向いたままアキが答える。
「でも、変わった人と知り合いだし」
「ああ。アイツらの事か。俺、結構あちこち転々としとったからな色んな知り合いが居んねん」転々としたらああいう知り合いが出来るのか?と思ったが口には出さなかった。
「心配せんでも、ヤバイ奴らやないで?人買い言うよりは派遣会社みたいなもんや。そいつに合うた仕事見つけて世話したるんや。契約もきちんとしとる。給料も出るし、2、3年経ったら辞めるんも自由やしな」想像していたのとは違っていて少しホッとする。
「じゃああんな風に言わなくても良かっじゃないか」
「あれくらいビビらせな懲りんやろ?」
「それは、そうかもしれないけど・・」
「ほな、もうええやん」と話を締められたので、それ以上は言わなかった。暫くすると瞼が重くなってきて、眠りに落ちて行った。